全知全能と調査
ユモンに言われて指輪を奪った相手を探すことにした僕は、指輪に触れていたカラスの痕跡から探知の魔術を発動しようとした。全知全能に頼っても良いけど、折角覚えた魔術だからね。一先ずこっちを使ってみよう。
「……あれ、発動しない?」
『対策済みって訳みてぇだな。だが、オレ様はしっかりと魔力を覚えてるぜ』
「そっか。じゃあ、ちょっとユモンに頼ろうかな。折角覚えた魔術が役に立たなかったのは残念だけどさ」
『ヒヒッ、探知だの解析だのそういう化かし合いは初心者のメイジには早いからな……一応、初心者なんだよな?』
ユモンの言葉に僕は頷いた。
「うん、魔術士には最近なったばっかりだね」
『にしちゃぁ、色々とおかしいけどな……まぁ、良いさ。やってやるぜ。占術は得意だからな、そいつがどこの誰かまで言い当ててやるよ』
ユモンがぼんと指輪の中から現れ、僕は目を見開いた。
「ちょ、いきなり出てこないでよ。びっくりするじゃん……それに、見つかったら大変なんだから!」
「あ? 出て来ねぇとちゃんとやれねぇだろうが……」
それから、ユモンはぶつぶつと何かを呟いていた。その間も、僕は家族に気付かれないか心配でドアの方をちらちらと見ていた。隣の部屋の妹はリビングに居たから、声では気付かれないと思うけど。
「うし、見えたぜ」
にやりと笑い、ユモンが窓の方に視線を向ける。
「女のガキだな。住んでるところも分かったぜ」
「え、子供……?」
「あぁ、お前よりも年下のガキだな。ま、オレ様から見たらどいつもこいつもガキだけどな」
「はいはい……でも、子供かぁ」
僕は頷きつつ、もう少し質問してみることにした。
「僕より年下って、どのくらい下? ていうか、何歳とか分かるの?」
「分かるに決まってんだろ? 十三歳だな」
「じゅ、十三……」
魔法使いになるにはまだ早いんじゃないか。あと十七歳くらい。
「その歳で魔術士なんて、やるね……まぁ、子供なら躊躇なく人の物を奪って行ったことも理解できなくはないけど」
「関係ねぇよ。別に大人でも、バレずに盗れる自信があるならやるだろ。それに、窓際に適当に放置されてたら価値が分からねぇ馬鹿と思われててもおかしくねぇわな」
なるほどね。何なら、指輪の所有者が……僕が魔術士だとすら思ってない可能性もあるのか。
「僕を元から狙ってたって訳じゃないんだよね?」
「あァ、そうだと思うぜ。だが、もしかしたらこれから狙われるかもな?」
「え、そうなの?」
「悔しそうな感情が伝わって来たからよ。アレは直ぐに苛立ちに変わって、怒りになるぜ? んで、怒りは行動の原動力になる。人ってのはそういうもんだな」
確かにね。そうかも知れない。
「……その子の名前は?」
「夜咲紫苑」
悪いけど、僕は兎も角としてこの家にその怒りを向けられる訳には行かない。対処が必要だって言うなら、早めに対処をさせて貰おうか。
夜咲紫苑について、教えて。僕たちを襲おうとしているのか、指輪をまだ狙うのか。そして、どういう存在なのか。
――――夜咲紫苑は小柄で華奢な体格で、深い黒の髪に黒紫色の目を持つ十三歳の女性です。性格はわがままで自己中心的、自由奔放。闇の属性を扱う魔術士の名家に生まれたことで魔術に精通しており、闇の属性を得意としています。また、家の中でも突出して高い魔力操作の適性を生まれつき持っており、幼少期に既に魔力圧縮や精密な制御技術を手にしています。しかし、魔術士としての過剰な期待を受けて重度の魔術的訓練を受けた結果、魔力の暴走によって屋敷が丸ごと消失する事件が発生し、その際に家族を全員失うことになりました。今は残った親類の支援を受けて使用人と共に中央区の高水通りで暮らしています。また、現在はここら一帯の支配者でもあります。指輪を奪い返されたことに屈辱を覚えており、必ず手に入れてやると奮起している状態にあります。
奮起しないで欲しいなぁ……ていうか、これまた激重な過去だね。祈里ちゃんのことを思い出すよ。あと、支配者って何だろう。
――――支配者とは、ある区域の中でも最も強力な、或いは影響力のある魔術士を指す言葉です。支配者と呼ばれては居るものの、自身の縄張りに対する方針はそれぞれであり、積極的に縄張りを管理しようとする者も居れば、支配者と周囲から認識されていても何も行動しない者も珍しくありません。夜咲紫苑もまた、自ら縄張りを管理するような行動をしないタイプの支配者です。
へぇ、支配者って名前だけど別にそんなに支配してないんだ……ん、つまり夜咲ちゃんはここら辺で一番強い魔術士ってこと?
「思ったよりも、強敵かもなぁ……」
話、ちゃんと聞いてくれたら良いんだけど。僕も子供相手には手荒にやりたくないし。




