全知全能と寂寥感
居酒屋についた僕たちは、酒や食事を好き放題に呑んで食らった(僕はお酒は飲んでないけど)。その結果、テーブルにもたれ掛かって撃沈しているウィーとナーシャが生まれた訳である。
「お酒強いんだね、アシラ」
「はは、どうかな……二人が呑み過ぎてるだけな気もするけど」
「アシラも四杯くらい飲んでなかった?」
「エール四杯で酔う程柔じゃないよ、僕は。これでもリューマリンの出身だ」
リューマリン、港町みたいな話だった気がする。船乗りとか多そうだし、確かにお酒には強いのかも知れない。
「おぃ……治……おまえも……呑め、よぉ……」
「だから、呑まないって」
僕は溜息を吐き、残り半分を切ったハーブっぽい感じのする水を飲み切った。
「じゃあ、そろそろ帰る?」
「そうだね。僕もお腹一杯だ。今日は疲れたし、早いところ帰って横になりたいね」
苦笑を浮かべながら言うアシラ。因みに、三人は同じ宿に住んでいるらしい。部屋は別とのことだが。同じ宿に来いよとウィーに誘われたが、やんわりと断っておいた。同じ宿に住むと、色々とバレかねない。僕は寝る時間にはこの世界に居ない訳だし。
「治……魔術」
「教えたところで今日は無理そうに見えるけど……また今度ね」
「……大丈夫、酔い覚ましの魔術をかければ……あれ……?」
ナーシャは立ち上がり、短杖を握ったが、そこで硬直した。
「どうやるか、忘れた……」
「もう帰って寝なよ……」
そろそろ、夜も近付いて来ている。僕も帰りたくなって来た頃合いだ。
「ほら、ウィーも立って。帰るよ」
「えぇぇ……?」
「ウィー」
「うぅ……分かったよ」
アシラが鋭く言うと、ウィーは仕方なさげに立ち上がった。
「……絶対、教えてね。魔術。約束、したから」
「分かってるよ。約束ね」
ナーシャがじっとこちらを見て言うのに、僕は頷いた。
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宿に帰った僕は、直ぐに自分の世界に戻った。一応、帰る前には浄化の魔術も使っている。聖的な奴では無く、清的な奴だ。街に帰る時にもナーシャが皆に掛けてくれたが、念の為だ。
「……ふぅ」
そうして家に帰った僕は、ベッドで横になって息を吐いた。今日は結構疲れた。僕のスタミナは正直言ってそんなに無い。最近は運動というか、戦闘というかをしてるからついて来たけど、それでも善斗には敵わないだろう。継続は力なり、だ。
ただ、疲れに見合った成果もあった。居酒屋で飲んだ後、ウィーとナーシャを宿屋に送った後、僕とアシラでギルドに行ったんだけど、なんと一人頭銀貨を三十枚くらい貰えた。良く分からないが、カシフという高い方の銀貨だ。あの解呪の依頼はカシフ銀貨が三枚だったので、結構な稼ぎだろう。
これで、宿屋のお金もレティシアに返せる。宿屋の料金は五カシフくらいだったし、余裕だ。
窓から外を眺めると、夕暮れの空が広がっており、何故だか僕を安心させた。
「うん」
やっぱり、僕にはこの地球が一番ということだろう。この窓から見える景色こそが、僕の慣れ親しんだ故郷だ。海外に行っても落ち着かないのに、異世界なんてもっと心が落ち着かないに決まっている。
「よいしょ、っと」
僕はスマホを手に取り、ベッドに座り込んで何とはなしにSNSを開き、画面をスクロールすると、目に入るのはクラスメイトの投稿だった。載っているのは、放課後にゲームセンターで遊んでいる写真や、ファミレスで撮っているように見えるピースの並んだ写真。「マジ楽しかった!」「また行こうぜ!」と、他愛ない会話が画像の下で繰り広げられている。
スクロールを進めると、丁寧に文字や図形が書き込まれたノートと、その横に添えるようにコーヒーが置いてある画像。多分、勉強途中に撮ったんだろう。画像はセピア色に編集されている。
更に進んで指先を画面に触れると、短い動画が再生され、笑い声や音楽が小さく耳に届く。隣の部屋に響かないように、音量を上げることはしない。ただ、画面を眺めるだけだ。映像や音が、ふわりと頭をかすめていくようだった。
そこで漸く、僕は画面から目を離した。漠然とした不安感のようなものが、少しは払拭出来たからだ。皆が味わった日常を追体験するように眺めていたことで、僕も男子高校生としての自分を思い出せたような気がする。裏世界で暫く遊んでいた時にも寂寥感を感じたけど、今回も似たような感覚が襲っていた。
僕は再びスマホに視線を向けて、画面に触れて操作した後、ヘッドホンを取り出して頭に付けた。無線でそれらを接続した僕は、音楽を聴きながら暫く感傷に浸ることにした。窓から夕焼けでも見ながら、夕飯まではボーっとしていよう。




