全知全能と査定
そんなこんなでギルドまで帰って来た僕たちは、アシラが受付嬢さんと話したことでギルドの裏に呼び出されていた。と言っても、別にお叱りを受けたり特別な話があるって訳じゃない。
「展開」
溝の彫られた石畳が敷き詰められた屋外の空間、その中央で僕は黄金の指輪が嵌められた指先を伸ばして、そこから黒い渦を呼び出した。
「おぉ、凄い。本当にその指輪が……」
感嘆の声を漏らしたのは、ギルドの職員である中年の男だ。そう、ここにはインベントリに収納した魔物の死体を出す為に来ているのだ。
「おい、変なこと考えてねぇだろうな?」
「ッ、ウィー」
「ハハッ、勿論だとも。新進気鋭の星導の剣の行路を塞ごうなんて、ギルド職員の誇りにかけて出来ないよ」
威嚇するように睨んで言ったウィーの言葉を、アシラが咎めるよりも先に中年の男は軽く笑って受け流した。流石はギルド職員だ。冒険者に睨まれることなど日常茶飯事なのかも知れない。で
「ただ、気になっただけさ。中々聞かないレベルで優秀な魔道具だからね。君達も気になるならここを見て回っても良いぞ? 余り、ここに入ることは無いだろう? まぁ、面白いものは何も無いがね!」
ハハハと豪快に笑った中年の男に、ウィーはうんざりしたように溜息を吐いた。
「分かった分かった。疑って悪かったよ。でも、警戒したくなるのも分かんだろ?」
「あぁ、十分に分かるさ。そして、君達は十分以上に警戒するべきだ。少し話した程度で、警戒を解くべきではない……いや、君は警戒を解いている訳では無いようだね」
「へッ、当たり前だろ? 金貨の山を積むくらいの価値はあるぜ、この指輪は」
「その通りだ。しかし、そこの君……肝心の所有者が、一切警戒すらしていないというのは頂けない」
中年のギルド職員は、目を細めて僕を見た。
「すみません、最近冒険者になったばっかりで、あんまりそういう警戒心とか身について無くて……」
「このくらいの警戒心は冒険者だろうが無かろうが関係ないと思うが……まぁ良い、気を付けることだよ」
「はい……」
「君は、もう少し気合を入れた方が良いんじゃないかね……?」
しなっと項垂れた僕に、職員さんは呆れたようにそう言った。
「まぁ、つまらないお説教はここまでとしよう。それじゃあ、早速出してくれよ」
「あ、はい。じゃあ出しますね」
僕が黒い渦に意識を向けると、渦がぐにゃりと広がって、そこから今日狩猟した魔物達をどさどさっと放出した。そう、ここに来た目的は魔物の売却の為なのである。一応、ここはギルドの裏手であり、搬入だとか解体だとかの為の場所らしい。
「こりゃ、壮観だな……お、この袋はアシメケラか。それに、ブランブルベアまで狩ったのか? 随分頑張ったな」
「流石に、今日は疲れたね……でも、更に星導の剣は強くなったよ。クラースさん」
どうやらアシラとその男は知り合いらしく、アシラは親し気にそう言った。
「おうおう、頑張りなさい。目指せ、煌銅級だな!」
クラースと呼ばれた中年の職員は笑って言い、手をパンパンと叩いた。
「おーい、お前ら仕事だぞ! さっさと出てこい!」
そう言って呼び寄せると、建物の中に控えていたらしい若手の職員たちが数人現れた。
「うわっ、何すかこれ……何でこんな死体があるんすか。しかも、花付きのブランブルベアまであるじゃないっすけど……もしや、星導の剣が持って来たんすか?」
職員の一人が僕らの方に視線を向ける。
「あぁ、その通りだ」
「どっかの大手かと思ったんすけど、アンタらどうやって運んで……いや、そもそも何すかこの状態。死体の状態が異常っすよ、これ」
アシラが毅然と答えると、若い職員は途中で興味がすり替わったように魔物の死体の方に吸い寄せられていった。
「新鮮な死体っつーか、さっき殺したばっかりみたいな死体っすよ、これ。どんな道具使って保存したんすか? それとも、魔術かなんかで保存したとか……」
「おい、セシン。喋ってないでさっさと査定と解体に入れ! いつまでもここを死体で埋めとく訳にも行かないだろうが! ほら、お前らも仕事だぞ」
「はいはい、分かったっすよ」
クラースが荒々しく言うと、職員たちが動き出した。正直、死体の数に人数が足りてないんじゃないかと思ったが、きびきびと動く彼らを見ているとその不安も払拭されるようだった。しかし、クラースも参加しているので僕らは見ているくらいしかやることが無い。
「……暇だね」
「じゃあ、なにか魔術教えて」
僕がナーシャに視線を向けて言うと、すかさずそう返されたので、僕は視線を逸らした。流石にこの解体までの時間で魔術を教えるのは……どうだろうって感じだ。
「暇だね」
「お、じゃあ待ってる間に飲み行くか? どうせ、暫くはかかんだろ」
ウィーが言うと、それに反応したようにクラースが立ち上がった。
「あぁ、行きたいなら構わんよ。一応、これだけの量だからな、心配でちゃんと見ておきたいって言うならそれでも良いが」
「うん……」
僕は曖昧な返事を返しながらアシラへと視線を向けた。
「良し、じゃあ行こうか。クラースさんなら、ちょろまかしたりなんてしないと信用できる」
「ハハッ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。そういうことなら、祝いの酒でも飲んで来い。そっちの子は新しい仲間なんだろう?」
「あ、はい。今日入りました」
「そうかい、頑張れよ。君は抜けていそうだが、くれぐれも戦場で油断だけはしないように」
僕は大きく頷き、ウィーに腕を引っ張られてそこを去った。




