全知全能とインベントリ
皆の本音……いや、本当に本音かは分からないけど、それを聞いた僕は来た道を戻ろうとしている皆に首を傾げた。
「あれ、これもう帰るの?」
「うん。今回は荷物運びも雇ってないからね。これ以上魔物を狩っても動きが鈍くなるだけだ」
「ま、本当はあと一体くらいは狩っても良いけどな。ただ、色々だりぃからこんくらいで退いとくのが良いわな! 今回はアシメケラなんて大物を狩れた訳だし、十分って訳だ」
「なるほどね。荷物の問題で行けないんだ……ちょっと、それ貸してよ」
僕はウィーに手を差し出し、ウィーが背に背負うその大きな袋を受け取った。アシメケラが解体されて詰め込まれたそれは、意外にも匂いがしない……そう思って紐で閉じられた袋を開き、顔を近付けると、物凄い匂いがして僕は慌てて顔を逸らし、ゲホゲホと咳き込んだ。
「ぷッ、お前何やってんだよ?」
「い、いや、何か匂いがしないなぁと思って……」
「あー、そりゃ、一応そういう魔道具だからな。外に匂いが漏れないようになってんだよ」
「なるほどね……」
僕は言いながら、しげしげと袋を観察する。でも、重くて結構やりづらい。
「……壊さないように。高かったから」
「あ、そうなんだ」
僕はナーシャの言葉に観察を止め、そして袋を貸してもらった元々の目的を進めることにした。
「話を戻すけど、荷物が大変だから今日の探索は止めるんだよね?」
「その通りだよ。本当はもう少し実力を見たい気持ちもあったけど……皆も一旦は認めてくれたみたいだから、素材を持ち帰れない以上、無駄に狩りをする必要も無いかと思ってね」
「じゃあ、荷物が楽だったらもう少し続けられるってことだよね」
「……重量を下げる魔術なら私も使えるけど、これ以上獲物を入れる袋がない」
ナーシャの言葉に、僕は首を振る。そうじゃない。
「『亜空間収納』」
黒い渦が生まれると、その中に袋は吸い込まれて消えた。
「その渦は、一体……」
「なぁ、袋が消えちまったぞ?」
「……空間魔術。しかも、コストが異常に低い……ありえないありえないありえない……!」
『何だよ、その魔術……!?』
未だに残る黒い渦に僕は手を突っ込むと、すぽっとさっきの袋を取り出した。
「どうよ、これ。収納用の魔術なんだけど、便利じゃない?」
実のところ、向こうの魔術にある空間魔術では何というか痒い所に手が届かない感じがして微妙に不便だったのだ。なので、結局全知全能でオリジナルの魔術を作ることになった。
「便利、なんて話じゃ……だって、今の魔術……さっきの魔術よりも、魔力の消費が少なかったっ!」
「まぁ、そりゃそうだよ」
亜空間収納は天冥炎鎖と同じように、一度作り上げてしまえば展開するか閉じるかの操作しか必要ない。ただ展開しているだけなのだから、構築から発射まで全て一からやっている魔尖弾よりも魔力を消費しないのは当然だ。
「ただ、残念だけどこの魔術は教えるのは難しいかな……」
この魔術は、確かに展開するのも閉じるのも微量の魔力しか必要としない。が、初期コストが結構異常なまでにかかるのだ。というか、ほぼ無限である。必要に応じて無限に広がる亜空間を用意し、術者に紐付けるという魔術なので、当然ながら魔力は滅茶苦茶必要になる。僕は全知全能で用意した。
まぁ、そもそも空間魔術自体が結構コストが重い傾向にあるんだけどね。転移とか便利なんだけど、コストが重いのが玉に瑕って感じらしい。
「貴方は……何なの……」
もう疲れ切ったように項垂れているナーシャ。困ったな。僕はもう少し、狩りを続けたかったんだけど。
「元気出してよ。他の良い感じの魔術教えるからさ」
「ッ、本当!?」
「うん、ホントホント。だから、もうちょっと狩り頑張らない?」
「……がんばる」
良し来た。ナーシャの説得を完了した僕は残す二人に視線を向けた。
「……君は、僕が想像していた以上に変な人みたいだね」
「な。おれは魔術の凄さとかは正直あんまり分かんねえけど、そういうの普通は気軽に教えないってことくらい知ってるぜ」
二人して失礼だね。いや、もしかしたら褒めてるのかな?
「僕の座右の銘、一日一善だからね」
「……えっと、何の話かな?」
あれ、違ったらしい。僕は袋を渦の中に戻すと、誤魔化すようにニヒルな笑みを浮かべて指を鳴らし、黒い渦を消した。
「さ、狩りを続けようか」
僕が言うと、二人は微妙そうな顔でこちらを見ていた。
「……あぁ、うん。良いよ」
「おれ、なんかお前とパーティ組むの不安になって来たぜ」
気まずくなって視線を逸らした先では、ナーシャがぶつぶつと何かを呟いていた。魔術がどうとか空間がどうとか言っていたので、僕はそこからも視線を逸らして空を見上げた。
「良い天気だなぁ」
思えば、アシメケラは抵抗なく狩ることが出来た。やっぱり、一人で居て余裕がある時だと相手を生かそうとする甘えみたいなのが湧いてくるのだろうか。魔物を見逃せば、他の誰かがその餌食になるだけだ。少なくとも、この世界の常識ではそうらしい。
『そうだよね、ユモン』
『なにがだよ』
ぶっきらぼうに答えたユモンに僕はふっと笑い、前を見て歩き始めた。




