全知全能と条件
鹿を解体する二人を横目に、アシラは語り始めた。
「元々、仲間を増やすよう提案をしたのは僕で……それにも、事情があるんだ」
「事情?」
アシラはこくりと頷く。
「実はね、僕はリューマリンの出身なんだ」
「……リューマリン?」
「あれ、知らないかい? この国から北側に進んだところにある海洋国家なんだけど……あ、君は外から来たんだったっけ?」
「うん、そうだけど」
口振りから察するに、ここに住んでる人なら当然知ってるような国なんだろう。
「まぁ、魚が良く獲れるだけの小国なんだけどね。殆どラウンド王国の属国みたいなもんだし」
ラウンド王国とは何だと全知全能に尋ねれば、この国のことであると返ってきた。そんなことも知らずに過ごしてたのか僕は。
「何だけど……リューマリンは一度、魔王軍に襲われてるんだ。港都だから狙われるのは当然だけど、それでも一度退けてはいるんだ。周辺諸国の助けも借りた上でね」
「へぇ、それは凄い……んだよね?」
「どうだろう。あの時は、向こうも本気じゃなかったみたいだからね。どうやら、魔族達は人類のことを相当に舐めているらしいし」
「そうなんだ」
てっきり、人間と魔王軍は拮抗した戦力を持ってるのかと思ってたけど。そうじゃないのかな。
「そして……最後に、敵の魔将が告げたんだよ。次は必ず滅ぼす、と」
「負け惜しみに聞こえるけど」
「かもね。でも、きっとまた襲撃されるのは間違いない。既に周辺の島国は全て滅ぼされてしまったし、次はリューマリンを取りたいって考えは変わらない筈だ。それに、魔族ってのは負けず嫌いが多いらしい。効率や実利よりも、プライドを重視する考えが普通みたいだからね」
「つまり、リベンジに来る確率も高いって話か」
アシラは頷き、鞘に収められた自身の剣にそっと手を添えた。
「だから、僕は必ずその時までには……強くなっていないといけないんだ。一体でも多くの魔物を倒せて、一人でも多く人を救えるように」
「それで、冒険者になったんだね」
「そうだよ。研鑽も積めるし、お金を稼いでおけば多少なりとも良い武器を買えたりもする。それに……」
「仲間も集められる?」
僕の言葉に、アシラは頷いた。
「君が、良ければ……一緒に、戦ってくれないか? 必ず、命を懸けた戦いにはなる。だから、無理にとは言わない」
「それが、このパーティに加入する為の条件ってことかな?」
「……いや、そうは言わないさ。だけど、僕たちは必ずその時にリューマリンに行く。もしかすれば、その後にはこのパーティは残っていないかも知れない。もしかすれば、生き残ったとしても冒険者は辞めるって可能性もある」
「なるほど」
戦いへの参加は強制じゃないけど、そういうパーティであるってことは了承して欲しいってことだね。
「じゃあ、他のメンバーは既にリューマリンで戦う意思があるってことなんだね」
「うん。ウィーは……いや、彼らの話は彼らから直接聞くと良い」
「分かったよ。ただ、僕からも少し条件があるんだ」
「聞こうか」
パーティの斡旋を頼んだ時にはすっかり忘れていたけど、そう言えば僕はこの世界で生きる上で重要な条件があるんだ。
「先ずは、ごめん。これを先に伝えられていなかったのは、凄く不誠実だったと思う。僕は色々事情があって、基本的には土日……えぇと、鉄の日と稲の日にしか働けないんだ」
「あぁ、別にそれくらいなら構わないよ。ある程度実力のある冒険者なら、偶に仕事を熟して後は遊んでいたり自由にしていると聞くし」
「あ、本当? それなら良かった……うん、だったら僕も参加しようかな。その、リューマリンでの戦いに」
「ッ、本当かい!?」
食いついて来たアシラに僕は若干仰け反りつつも、頷いた。
「う、うん。僕だけ甘えてるのも申し訳ないからね。ちょっとは貢献しようかな、と思って」
「そっか……ありがとう。本当に助かるよ。君くらい実力のあるウィザードが一緒に戦ってくれるなら、こんなに心強いことは無いさ」
「あ、あはは、そうかな? ただ、魔術以外は色々残念だけどね……」
「……確かに、君はちょっとちぐはぐなところがあるよね。実力の割に、知らないことが多過ぎる。ただの田舎者というには、魔術に長け過ぎているし」
アシラの言葉に、僕は愛想笑いを返した。とは言え、仕方ないだろう。僕はこの世界の人間じゃないからね。
「……良し、ありがとう。二人は僕からちゃんと説得してみよう。いや、一度は説得したんだけど、ちゃんと納得はして貰えてなかったから」
「あはは、それは頼むよ。居心地が悪いのは、嫌だしね」
「うん、必ず約束しよう」
アシラが笑顔で僕にそう言った。その間に、ウィーとナーシャがこちらに歩いて来ていた。
「おい、二人で何楽しそうに話してんだよ。ちゃんと周りの警戒してたか?」
「……私達だけ、働いてた」
ジト目でこちらを見る二人に、アシラは苦笑を浮かべてこちらを見た。
「ごめん、説得の難易度が上がったみたいだ」
僕の冒険者生活がかかってるんだから、頑張って欲しい。




