全知全能と挽回
突っ込んで行ったアシラ。その身から赤い気が滲み出し、魔術による白いオーラと混ざり合う。そして、抜き放った剣を構えて、アシメケラと呼ばれた銀の角を持つ鹿へと斬りかかった。
「キィィィッ!」
「ッ!」
濃密な魔力を溢れさせるその銀の角が、振るわれたアシラの剣を弾き返した。そのまま踏み込み、角でアシラを貫こうとする鹿の横っ面を飛来した石が殴りつけた。
「キィッ!」
鹿は苛立たし気にその石が飛んできた方向を見る。そこには、ウィーがにやりと笑みを浮かべて立っていた。怒りのままに突っ込んで来る鹿に、ウィーは次の石を拾いながら軽々と木の上に登って逃れる。
「『心陥の呪』」
ナーシャが短杖を鹿へと向けると、鹿の体に黒紫色のドロッとしたオーラが纏わりつくが、銀の角が強く輝くと、そのオーラは簡単に弾き飛ばされてしまった。
「へえ、呪術系かぁ。凄いね」
「ッ……言ってないで、貴方も戦って」
ナーシャの言葉に僕は頷き、黄金の指輪の嵌められた指を鹿の方へと向けた。
「『魔尖弾』」
鋭く先端の尖った錐体の魔力弾が、鹿へと放たれる。それは大抵の弾丸などよりもずっと早く、一瞬にして鹿の頭へと着弾した。
「キィィッ!?」
悲鳴を上げ、鹿の体がふらりと揺れる。確実に脳を貫いた筈なのに、鹿はまだ倒れようとしていなかった。それどころか、銀の角から溢れ出る魔力によって頭に空いた風穴がゆっくりと塞がり始めている。
「よくやった、治ッ!」
しかし、再生に集中して動きの鈍った鹿はアシラの剣を避けられず、ザシュッと音を立てて綺麗にその首は落とされた。
「……今の、魔術は?」
どこか震えたような声で、ナーシャが僕に尋ねた。
「魔尖弾だよ。兎に角、貫通能力に重きをおいた魔術で……コストが軽い割に、威力が良いのがメリットかな。あと、速いし」
「……」
僕はそう答えたけれど、ナーシャは黙りこくってしまった。なにか、答え方を間違えてしまったのかも知れない。
「えっと……」
「治、凄いじゃないか!」
気まずい沈黙が訪れたので、ナーシャに続けて言葉をかけようとしたところで、アシラが興奮したように走って来た。
「アシメケラを……しかも、角に近い頭を魔術で貫くなんて、君は僕が想像していた以上のウィザードだったらしい。君のこと、侮っていたよ。悪かった」
「あはは、大丈夫ですよ。けど、アレなんですか? あの鹿……アシメケラって魔物は、魔術が効きにくいとかなんですか?」
「……知らなかったのかい? だから貫通力の高い魔術を使ったのかと思ったんだけど」
「誤射とか誤爆が怖かったんで、正確に狙えて範囲の大きくない術を使おうかなぁってだけですね……」
と、緊張して敬語に戻っちゃってるね。冒険者らしく、もっと自信ありげに行こう。
「ま、僕にかかればあのくらい余裕だけどさ」
「……えっと、急にどうしたんだい?」
しまった、突然過ぎた。やっぱり、もう少しマイルドに行こう。
「まぁ、自信があるのは悪いことじゃないからね。そうだ、ナーシャも今ので考えを少し変えてくれたんじゃないかな?」
「……アシメケラの頭を、あの程度の魔力しか籠っていない魔術で貫けるのは……ハッキリ言って、異常」
アシラが聞くと、ナーシャは少し黙った末にそう答えた。
「確かに、戦力にはなる……けど」
だけど、それでも渋るようにナーシャは続ける。もしかして、アレなのかな? ナーシャは、パーティを増やすことに反対してる立場だったりするのかな。思えば、最初から随分素っ気無かった。
「おーい、ナーシャ! いつもの頼む!」
「……今行く」
ナーシャはこちらを一瞥した後に、呼んでいるウィーの方へと歩いて行った。どうやら、ウィーは魔物の解体とか処理とかを頑張っているようだった。
「しかし……君は、何者なんだい? 杖も持たず、鞄も持たず……いや、杖は指輪が代わりなんだったかん?」
「んー、鞄もそんな感じだよ。僕には必要ないから」
「……ナーシャは、等級こそ僕より下の聖鉄級の冒険者だ。けど、その腕だけなら僕と同じ暗鋼級は間違いなくあるはずだ」
「そうなんだ」
何が言いたいのかは分からないけど、僕は取り敢えず相槌を打った。
「そんな彼女から見ても、君は異常らしい。勿論、僕の常識からしても君は輝石級じゃ有り得ない。実際のところ、本当の実力はどの程度あるんだい?」
「うーん……冒険者としては輝石級なのは間違いないね。森の歩き方も分からない、冒険者としての常識も知らない、命を懸けた戦いなんてしたことも無い。間違いなく、それが僕だ」
「……そう、か」
まだ問いかけたそうにしていたアシラは、少しの沈黙の後に小さく頷いた。
「分かったよ。今は、それで良い」
そう言ってから、アシラがウィーとナーシャの方に視線を向けるので、僕もそちらを見た。丁寧に切り取られた角の横で鹿を解体するウィーと、剥がされた皮や内臓などを纏めて魔術で凍らせているナーシャ。そっか、冒険者ってこういうこともしなきゃいけないもんね。凄く大変そうだ。
「実は、あの二人は仲間を増やすことに反対だったんだ」
「え?」
僕が思わずそう返すと、アシラはぽつぽつと話し始めた。




