全知全能と冒険者
僕はレティシアと共に入門の為の列に並ぶ中で、ちらちらと向けられる視線が気になりながらも話していた。
「そういえば、レティシアは何の為にあの森に来てたの?」
僕の案内の為にここまで付いて来てくれたが、元々は何の目的で来ていたんだろうか。何となく暇だから、とかなら僕も気が楽だけど、そんな訳も無いだろう。
「普通に、魔物を狩りに来てたのよ。街に近い区域の魔物を狩ることは溢れて来る危険性を減らす為に大事だから。素材は売れるし、アンタも冒険者になったらそうしなさい。素材の売却はギルドで出来るからそうしなさい。一応、高く買い取ってもらいたかったら自分で取引相手を探すのも手ではあるけど、それをやってると等級が上がらないから、結局長期的には上の等級の依頼を受けられなくて儲けが少なくなるでしょうね」
「へぇ……じゃあ、僕の案内の為に狩りを切り上げさせちゃったかな? 申し訳ないね」
「別に良いわよ。受け入れたのは私なんだから、そういう時は謝るんじゃなくてありがとうで良いのよ」
「なら、ありがとう」
僕が言うと、レティシアは鼻を鳴らして頷いた。感謝より謝罪が来てしまうのは日本人的な性分だろうけど、異世界には合わなそうだね。
「それに、将来有望な冒険者の卵を拾っておくのはこの街の為にもなるでしょ?」
「……君って、本当に凄い良い人なんだね」
にやりと笑って言ったレティシアに、僕はそう返した。想像よりもずっと無私の人というか、自分以外の為に頑張れる人なんだね。
「別に、いつか肩を並べて戦うことになった時に……ちょっとは楽できるかも知れないじゃない?」
「……あはは、そうだね。その時が来れば頑張るよ」
当たり前に、そんな機会が来ることを想像できる世界なんだ。魔王軍、か。現代を生きる僕からすれば冗談みたいな響きだが、この世界の人類からすれば大真面目に宿敵だ。世界全体が常に戦争状態の世界と考えれば、レティシアが幾度と言っていたこの世界の残酷さも伝わって来る。
「……そういえば、ギルドに依頼って一杯あるの?」
「まぁ、あると言えばあるわね。だけど、自分が受けられるレベルで受けたいと思えるようなものは殆ど無いと思った方が良いわよ。優秀な依頼は、結局優秀な奴がさっさと持って行くもんだし」
「ずっと、依頼が張り出されるところを見てれば良いんじゃないの?」
「そんなことしてる暇があったら、森で魔物でも狩ってた方が稼げるわよ」
うん。まぁ、僕もそんな暇そうなことやるつもりは無いけどね。聞いただけだ。
「でも、それなら優秀な人ってのはどうやってさっさと良い依頼を持って行くの?」
「優秀な奴ってのは、腕の話じゃなくて冒険者として優秀な奴のことよ。耳が良かったり、頭が良かったりね。そろそろあの魔物の繁殖の時期だとか、何かの素材を求めて研究者が街に来てるだとか、金払いの良い商人が街を出ようとしてるとか、そういうのを察知して自分でいつ頃依頼が出されるか調べたり、自ら指名依頼をして貰うように売り込んだりとか、優秀な依頼が張り出される前に自分からかぶりつきに行くのよ」
「へぇ……僕には出来そうにないなぁ」
「ま、実際私もそこまで熱心にはやらないけどね。私くらい腕に自信があると、寧ろそこまでする必要も無いのよ」
ドヤ顔でこちらを見てくるレティシアに、僕は迷った末に親指を立てておいた。レティシアは微妙そうな顔になった。そういえば、サムズアップってこっちだとどういう意味なんだろう、と思ったけどこっちでも同じような意味合いらしい。
「それじゃあ、僕は森で魔物を狩って卸してを続けてれば良いのかな」
「まぁ、そうね。だけど、常設依頼ってのを受けるのも良いわよ。誰かが受ける訳じゃなくて、貼ってある限りはずっと誰でも受けられるって類いの依頼ね。例えば、増えすぎた魔物なんかが居たらギルドから依頼が出るし、最近じゃポーションの素材を取って来いってのが依頼としてずっと出てるわよね」
「あれ、普段はポーションの素材は売れないの?」
「普段も薬草なんかは売れるわよ。だけど、依頼として出てると等級を上げる為の貢献値がただ素材を売るのに追加で貰えるわね。勿論、貢献値をどれだけ貰っても最終的には試験に受からないと等級は上がらないわ」
おー、良いね。昇格戦って訳だ。そういうの、テンション上がるね。
「なるほどね、ありがとう。色々分かったよ」
「ふふん、何でも聞いて良いわよ」
レティシアは得意げにそう言った。さては、先輩面をするのが好きだね。
「にしてもこの街、近付いて見ると思ったより大きいね。これだけの規模の街、丸ごと城壁で覆うなんて大変なんじゃないの?」
「さぁ? 大変かも知れないけど、魔術があれば出来るでしょ」
確かに、そうか。地球だと城塞都市を作り上げるのは大変なイメージがあったけど、こっちなら石も魔術で出せば良いし、建築も魔術でやれば良い。採掘も、輸送も、建築も、全てノーコストで出来ちゃうんだ。とはいえ、この街を覆うこの城塞を作り上げるには魔力も相当使いそうだけど……まぁ、魔術士が沢山居ればどうにかなるか。
「ほら、治。私たちの番よ」
「あ、意外に早かったね」
僕は平気を装ってそう言いながらも、鎧を身に纏った門番を前にちょっと緊張していた。




