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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と白蛇様

 純白の刃が蛇の肉を断ち切ると同時に、蛇は黄金色の輝きに呑まれて消えた。


「ぐ、ぅ……!?」


 しかし、それを為した祈里は膝を突き、そのまま地面に倒れ込んでしまった。


「祈里ちゃん!?」


「ッ、私が診ます!」


 僕は素早く全知全能に祈里ちゃんが倒れた原因を問いかけた。


 ――――神器の力で過剰に邪神の力を吸い取ってしまったことが原因です。巫女であるが故の親和性から今は耐えていますが、時間が経つ毎に苦痛は強くなります。但し、守護の印によって死に至ることはありません。


 何だそれ……!? でも、僕なら何とでも出来る筈だ。


()()()


 祈里ちゃんに声をかけると同時に、僕は全知全能の力を行使する。


「もう、大丈夫だよ」


「……ぁ、れ」


 祈里ちゃんは目を覚ましたように起き上がり、呆然と自分の体を見下ろした。


「さっきまで、あんなにつらかったのに……神様?」


「神様じゃないけど、そうだね。僕が治したよ」


 治したと言っても、焦っていた僕は全知全能にどうにかなれと託しただけである。実際、どうにかなったんだから文句は無い。


「ありがとうございます……神様」


「違うからね~」


 もう雑に返した僕だが、訂正できる気もしなかった。


「ッ、もう空間が崩れてきています。どうぞ、こちらに!」


 宮司さんが何かを唱えると、そこに門が現れた。青空のような色をしたその門の中に飛び込むと、僕たちは気付けば元の世界に戻っており、本殿の前に立っていた。僕らが現れると、そこで待っていた村長さんは驚いたように目を丸くした。


「も、もう終わったのですかな!?」


「うん、バッチリね」


「えぇ、確かに見届けて参りました」


 頷く僕らに、村長さんは深い息を吐いた。


「そう、ですか……これで、終わるのですな。長きに渡った屈従の日々も」


「そうだね。あと、結界も僕が壊しておこうか? どうせ、暫くしたら維持出来ずに勝手に崩れるだろうけど」


「折角ですからな、お願い致します」


 僕は頷き、この村を覆う白い霧に手を伸ばした。すると、村の中心の空から光が差し、そこから一気に白い霧が晴れていく。


「凄い……綺麗……!」


「こ、これが……青き空で、御座いますか」


「白霧に阻まれぬ空が、雲が、太陽が……こんなにも、美しいものだとは」


 白い霧に包まれていた村も、それなりに別種の幻想的な感じがあったが、彼らからしてみればこの本物の空が何倍にも美しいものに感じられるのだろう。


「神様……閉じていた目が、初めて開いたかのようです。青空とはこんなにも美しくて、太陽とはこんなにも眩いものだったのですね」


「まぁ、夏だと暑いよ」


 もう少しで夏になるからね。その時にはあの白霧に感謝する日が来るかもしれない。


「じゃあ、僕は帰るよ」


「え!? まだ歓待も何も出来ておりません……!」


「そうで御座います! どうか、この村をあげて宴を開かせて頂きたい!」


 僕は首を横に振り、きっぱり断った。


「ごめん。そろそろお昼になるから……帰らないとダメなんだ」


 お母さんに昼ご飯食べてくるなんて伝えてないからね。帰らないと、怒られちゃうよ。


「そういうわけで、後のことは頑張ってね」


 白い霧から解き放たれたこの村は、多分相当な混乱に陥ることになるだろう。四百年前から、いきなり現代に飛ばされて来たようなものだからだ。そもそも、この村が実際はどこにあるのかすら知らない僕は、どうやって諸々の問題を解決していくのかも分からない。そこら辺まで面倒を見てやる気は無かった。何故なら、僕は神様じゃないからだ。


「神様! 本当に、本当にありがとうございましたっ! きっと、死ぬまで祈るのを止めません! 毎日感謝の祈りを捧げますから、どうか聞いて下さいねっ!」


 だから、後ろから響くその声も何とか聞かなかったことにして、僕はこの村から去った。






 ♦




 白い霧から解き放たれたその村は、皆思い思いに歌い踊り、好きなだけ飲んでは食らう、燃えるような宴を済ませた後、疲れて眠っていた。


「月は、本当に綺麗ですね」


 夜空に浮かび、黄金色に輝く月を見上げて、巫女服の少女は呟いた。この月を、夜空を見上げるのも、もう何度目かも分からない。少女にとってはそれ程までに特別で、美しいものに見えたからだ。


「あぁ、神様……」


 そして、少女は白魚の如き手を胸の前で合わせ、ゆっくり目を瞑った。


「必ず、御恩はお返し致します」


 その少女の体から、白いオーラのようなものが……いや、霧のようなものが溢れ出す。


「いつか必ず、見つけ出して……御恩を、返します」


 白い霧の中に在る少女。その巫女服の襟の辺りから、白い蛇が顔を出した。少女はそれに気付きながらも、憎悪の表情を向けることも無ければ叩き落とすこともしない。


「ですから、その時まできっと待っていて下さいね」


 それは、その蛇があの邪神とは正反対の存在だからだ。その白蛇こそが、妖魔に乗っ取られる以前に信仰されていた存在であり、真の白蛇様であった。



「――――私の、神様」



 そして、真の白蛇の巫女となった少女は……その体に一切の負荷無く染み込んだ邪神の力を、あの黒き靄に覆われた神の為に役立てることを夢見ていた。

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