全知全能と同伴
唖然と黙り込んだ宮司は、暫くしてから瞬きと共に再起動した。
「……いつ、決行するおつもりですか?」
「別に、いつでも」
数秒の沈黙の後、僕はここに来て三度目の土下座を見ることになった。祈里と同じく、堂に入った美しい土下座であった。
「どうか、宜しくお願い致します……! この村を、祈里を救って下さい……!」
「あの、頭上げて下さいね。お願いします」
一先ず宮司さんの頭を上げさせた僕は、何も無ければ今から行くと伝えた。
「今から、ですか」
「うん。僕も帰らないといけないし」
明日とかになったら、ちょっと面倒臭い。別に問題無いと言えば無いんだけど。
「……あまり時間をかけると、白蛇様に察知される可能性もありますからね。早めであればある程、良いかも知れません」
「白蛇様を討ち滅ぼして頂けるのであれば、勿論いつでも構いませぬ。ただ、明日以降になれば儀式が行われないことを怪しまれる可能性は高いですな」
二人の言葉に僕は頷いた。
「じゃあ、今から行こうか」
「その……」
僕が早速出ようとした瞬間、宮司さんが僕に声をかけて来た。
「貴方は、何者なのですか?」
「……別に、何者でも無いね」
言っても、僕はただの高校生だ。それ以上の肩書きを持ったことは無い。
「ならば、何故この村を……祈里を救って下さるのですか?」
「一日一善」
僕が直ぐに答えると、宮司さんは眉を顰めた。
「最近、これを座右の銘にしようと思ってさ」
まぁ、いつまで続けるかは分からないけどね。暫くはこれが僕の座右の銘だ。そんなころころ変えるもんでもないだろうけど。
「……それだけ、ですか?」
「うん。だから、そんなに気にしなくて良いよ」
僕が助けたからと言って、重く恩を感じる必要はない。
「気にしないという訳には行きませぬ。白蛇様を討伐して下さった暁には、この村を上げて宴を……」
「大丈夫」
村長の言葉を僕は断ち切り、家の出口の方へと歩いた。今更だけど、土足だったね僕。ごめん。綺麗にしとくから許してね。
「それで、その白蛇様はどこに居るの?」
「社の中に……そこへと通ずる、門の先に」
なるほど、社の中に閉じこもってるんだ。そこが亜空間になってるって訳だね。
「おっけー、行ってくるよ」
神社の位置はさっき見たからね。全知全能を使わずとも覚えている。
「あの、私にお供させて下さい!」
「いや、大丈夫だよ。別に僕一人で……」
「お願いします。見届けたいんです。自分の運命が、自由になったかどうか、ちゃんと確かめたいんです。お願いします……!」
そう言って、祈里が膝を突こうとするので僕は慌てて止めた。
「あー、分かった分かった! 分かったから! 大丈夫、連れて行く。連れて行くよ」
「ほ、本当ですか!?」
僕はこくりと頷いた。黒い靄のせいでちゃんと頷いてるように見えてるかは怪しいけど。
「……良ければ、私も同伴してよろしいでしょうか?」
「宮司さん? まぁ、一人も二人も変わらないですけど……どうして?」
宮司さんは迷った末に、口を開いた。
「正直に申しまして、未だに心から信じられた訳ではありません。貴方の善意をと言う訳では無く、白蛇様をかようにあっさりと倒せてしまえる存在が居るとは、信じ切れないのです。これは、この村で長く苦しみ、何度もあの白蛇の姿を見て、幾つもの巫女を見送って来た私だからこそ言えるのです。アレは、化け物です」
「確かに……普通に考えたら、僕は白蛇様が送り込んで来た忠誠を確かめる為の存在って言われた方がまだ納得出来そうですよね」
僕の言葉に、宮司さんは口を閉じた。否定出来なかったんだろう。長年どころか、何世代にも渡って苦しまされた原因を、いとも容易く取り除けるなんて言われてもそう簡単に信じられないのは当たり前だ。
「私はもう信じておりますがな。あの短剣に祝福を取り戻せる存在でございますゆえ」
「いえ、私も頭では信じているのです。ただ……どうしても」
まぁ、直に何度も白蛇様を見てるだろうからね。その身に刻まれた恐怖とかを払拭できないんだろう。
「どうか、見届けさせて頂きたい」
「うん。良いですよ」
さっきも言ったけど、一人も二人も変わらない。
「あ、あの……私も!」
「お前は無理をするな、汐里」
祈里母が声を上げたが、宮司さんがそれを止めた。
「大丈夫だ。私と祈里で必ず見届けて来る。料理を作っている最中だったんだろう? お前は帰って来た祈里の為に、料理を完成させてくれ」
「……宗像さん」
「頼んだぞ」
「分かりました。……祈里の好きな願い餅、焼いておくからね」
「うん、楽しみにしてるね」
何というか、妙に距離が近い感じがする二人の会話だったけど、僕は突っ込まないことにした。多弁は銀、沈黙は金である。若しくは、触らぬ神に祟りなし。
「じゃあ、行くよ」
僕は今度こそ歩き出し、玄関の方に向かった。祈里母を除く全員がそれに付いて来る。どうやら、神社までは村長も見送るつもりらしい。
「あの、娘を……祈里を、よろしくお願いいたしますっ!」
「はい。必ず無事に返します」
僕は祈里母にそう答え、三人を連れて家を出た。




