全知全能と力の証明
近付いて来た足音は寝室の前で足を止め、こんこんと扉を叩いた。
「あの、入ってもよろしいでしょうか」
「あ、はい。今行きます」
僕は答え、寝室を出た。よく考えたら、寝室に勝手に入るって結構良くないよね。今更だけどさ。
「どうも。くろもやです」
「ッ、貴方が……」
出来るだけ柔らかいイントネーションで言った僕だったが、そこに立っていたさっきの宮司と村長らしき老人は目を見開いて驚いていた。
「この村を、救って下さるのですか」
「ん? まぁ、そうだね……うん」
村長の言葉に僕は頷いた。この村っていうか、趣旨的には祈里ちゃんを救いに来たんだけど、結果的にこの村を救うことにもなるだろう。
「それでは、その……黒靄様」
「うん」
次に声をかけて来たのは紫色の袴を着た宮司だった。
「貴方は、白蛇様に勝てるのですか?」
「え、うん」
「アレは今までにも数多くの術者を食っています。魔術士も、呪術士も、陰陽師も……それでも、貴方は勝てると言うのですか?」
「うん、白蛇様は僕が殺すよ」
アレなんて呼び方をしてるし、当たり前だけど宮司でも敬意なんて欠片も持ってないんだね。もしかしたら、狂信者的なのが居る可能性も考えてたんだけど。
「ッ、そんなに簡単に殺せる訳がありませぬ……あの怪物は、真の化け物でございます」
「どんな怪物でも、本物でも偽物でも殺せるよ」
突然食って掛かって来た村長に、僕はそう返した。実際のところ、僕の前じゃそんなのは関係ない。
「……私はこの村の長です。そう簡単に殺せると申されましても、例えそれが藤時の預言で示されていたものだったとしても、そのまま鵜呑みにする訳には行かんのです。もしこれで貴方が白蛇様に負けた時、この村がどれだけの怒りを受けることになるか分かりませぬ」
「そうだね」
実際、僕という存在の信憑性は今のところ藤時さんとか言う人の占いくらいしかない。村長という責任ある立場からすれば、幾ら降って湧いたチャンスである僕に縋りたくても簡単に縋る訳には行かないだろう。
「じゃあ、何をしたら君達は信じられる? まぁ、別に信じて貰う必要も無いんだけどね」
何を言われたって、結局僕は祈里ちゃんを助けるし。
「ならば」
と、村長は懐から錆びついた上に刃の中ほどから折れてしまっている短剣を差し出した。
「これを、直してみて下され」
「なにこれ?」
「これは、昔に白蛇様を討とうとした強者が、白蛇様を突き刺した短剣でございます。結局は白蛇様に敗れ、この短剣も折られた上に呪いをかけられてその力は完全に失ってしまっておりますが、元は白蛇様の強固なる鱗も貫ける程に神聖さに満ちた短剣でありました」
「すごそう……」
僕はそれを受け取ると、黒い靄で短剣を覆い、その中で短剣を完全に修復した。
「凄いに決まっております。名を犀利真珠と言い、遥か昔にはその刃を祝福に覆われて……」
「これで良い?」
黒い靄が晴れて現れたのは、黄金色の輝きを放つ純白の刃だった。遥か昔の祝福を完全に取り戻したその短剣は、最盛を取り戻したことを喜んでいるかのように、強く強く輝いていた。
「ッ!? こ、これは……ッ!」
「白い、刃……?」
「あれ、何か駄目だった?」
完璧に直せたと思ったんだけど、眉を顰めた宮司に僕は首を傾げた。
「はい……いえ、駄目なのかどうかは判断しかねますが、私の知る犀利真珠は銀色の刃であったと伝え聞いています」
「違う、それは四百年前の話だ。本当の犀利真珠は……その名の通り、真珠の如き純白の刃をしておる。今、我らが目にしているように、な」
村長は眉を顰め、目を細めていたかと思えば、懐から小さい布を取り出して犀利真珠なる短剣を僕から受け取ると、今度は目を大きく開いてその短剣を観察していた。
「なるほど、つまり修復は大成功……と言う訳ですか」
「それどころではない。いや、寧ろ有り得ん。失われかけの祝福を蘇らせるなど、その祝福をかけた神にしか出来る筈がない所業……人の手には、有り得んぞ」
「僕は人だけど」
さりげなく言い返しておいた僕だが、村長はそれを聞き流して僕の方を見た。
「もしや貴方様は、天之御影神で在らせられるのではありませぬか?」
「ごめん、何?」
あめのみかげのかみ……神様ってこと?
「その身を覆いし影の衣、そしてこの短剣を作り上げた存在……正しく、天之御影神であると愚考いたしました」
うん、正しく愚考だね。あと、その片膝突くのやめようね。
「全然違うよ。何度も言うけど、僕はただの人間だからね。神様なんかじゃない」
「……承知致しました。黒靄様は、人間でございますな」
何かを察したように頷いた村長は立ち上がり、僅かに下がった。なにその、自分は分かってますよみたいな表情。言っとくけど、全然人間だからね? がっかりしても知らないよ。
「堀部殿が認めたのであれば、私から疑うことはありません。白蛇様を、真っ向から打ち倒すということでよろしいのですね?」
「うん」
僕が言うと、宮司は神妙な面持ちで悩んだ後に口を開いた。
「……分かりました。それでは、私に考えがあります」
「え?」
「幻術によって貴方を祈里に見せかけ、奴を騙して巣への門を開けさせます。成功するかどうかは半々ですが……」
「いや、大丈夫だよ。僕は自分で行けるから」
僕が言うと、宮司は唖然としたように沈黙した。




