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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と月下武人

 吸血鬼の体内を燃える猛毒が駆け巡り、そこから逃れようとするも霧になることも蝙蝠に変ずることも出来ない。


「ぐ、ぉォ……!?」


「茜ッ、頭を下げろ!」


 御岳の言葉に反射的に頭を低くする茜。そこを岩石の塊が通り抜け、目を見開く吸血鬼の眼前まで迫った。



「――――ガァ、死に掛けてんじゃねぇよ。不死身の癖にヨォ」



 岩石は空中で真っ二つに斬り裂かれ、吸血鬼の頭の左右を通り抜けて轟音と共に廃工場の壁に穴を二つ開けた。

 そして、それを為したのは鋭い鉤爪を持つ毛むくじゃらの人型……人狼、そう呼ぶに相応しい男であった。


「漸く、来ましたか……!」


「仕方ねぇだろ、俺はお前と違って転移なんざ使えねぇんだからヨォ」


 人狼は言いながら、吸血鬼の背後に居る黒崎に斬りかかった。咄嗟に後ろに避ける黒崎だったが、影縫いは制御を失って吸血鬼は自由に一歩近付いた。


「『岩弾(ロックショット)』」


 放たれた岩石を、人狼は再び鉤爪で真っ二つに斬り裂いた。しかし、その間に黒崎はその場から消えていた。


「随分、温いなァ……」


 人狼はそう呟き、今度は茜へと鉤爪を向けた。


「チィッ!」


 茜は空間の歪みの中に固定された炎の鞭から手を離し、人狼の鉤爪を回避した。


「人の体でどこまで凌げるか、見物……」


「『石弾(ロックショット)』」


 当たればただでは済まない高威力の岩石が、再び高速で飛来した。人狼は言葉を途中で止めてそれを避け、御岳を睨み付けた。


「良いぜェ、そこまで言うならお前から殺してやるよォッ!!」


 人狼の姿がかき消える。いや、そう錯覚する程の速度で御岳の眼前まで駆け抜けた。振り上げられた鉤爪は、上体を逸らした御岳の鼻先を掠める。


「犬と同じで、単純みたいだな?」


「ッ!」


 しかし、人狼が踏み込んだその場所には御岳によってトラップの魔法陣が仕込まれていた。発動した魔術が人狼の足を茶色い岩石で覆い尽くし、動きを封じた。


「舐めんじゃねぇよ」


 ビシリ、人狼の足を覆う岩石に罅が入り、砕け散った。解放された人狼は放たれた岩弾を右に回避し、そのまま鉤爪を御岳へと振るった。


「『大地の力(アースフォース)』『堅牢岩身(ストーンボディ)』」


「へぇ? 中々、やるみてェじゃねぇか」


 土気色のオーラを纏い、両腕を岩に変えて鉤爪を受け止めた御岳。それを見て笑みを浮かべた人狼は、更に鉤爪による猛攻を強めた。



 影縫いの影響から抜け出した吸血鬼は、岩の拘束を破壊し、遂に自由の身を得た。


「さぁ、終焉の時ですよ……!」


 吸血鬼は握り締めていた拳を離し、空間の歪みを解除すると同時に茜へと殴り掛かった。避けようとする茜は、そこで自分の足元が血の沼と化していたことに気付く。


「ぐッ」


 茜は腹部を殴りつけられて倒れそうになるが、何とか堪えて血の沼を足元から噴き出させた炎で蒸発させた。


「だが、焔華(グロリオサ)の毒は……」


「無駄ですよ? 私は吸血鬼です。毒や呪いの類いには、相当の耐性があるものと思って頂かねば」


 絶望的な状況に陥りながらも、最後の希望に縋るように口にした茜だったが、吸血鬼は厭らしい笑みと共にそれを否定した。そして、その言葉が偽りで無いことは平気そうに両手を広げるその態度が示していた。


「おっと、鞭は拾わせませんよ?」


「ッ!」


 空間の歪みから解放され、地面に落ちた炎の鞭。そこに駆け込もうとした茜は、目の前を塞いだ吸血鬼に歯噛みした。


「もう、活路はありませんねぇ……さ、死にましょう?」


「舐めんなッ、クソ蝙蝠が……!」


 茜は両の拳を構えファイティングポーズを取って吸血鬼を睨み付けた。しかし、吸血鬼は一笑に付すのみで指先を茜に向けた。


「『血液奔線(ブラッドレイ)』」


 僅かな溜めの後、指先から迸った血液が鋭い線となって茜に放たれる。それは避けようとするも間に合わない茜の胸を貫いた。


「ガハッ!?」


 膝を突き、吐血する茜。そのまま倒れ込みそうになるのを何とか堪え、震える手の平を茜は吸血鬼へと向けた。


「遅い」


「やめろッ!!」


 動きを止めた茜に冷酷にももう一度血の線を放とうとしていた吸血鬼に、黒崎が現れて飛び掛かった。軌道をズラされた血は工場の壁を貫いた。


「なるほど、貴方から死にたいと……」


 吸血鬼は黒崎の首を掴み上げ、にこやかな笑みで見上げた。


「そういう訳ですね?」


「ッ!」


「『爆炎弾エクスプロードフレイム』」


 その長く伸びた爪が黒崎の首に食い込むと同時に、赤い炎の弾丸が吸血鬼の肩に着弾し、爆発して黒崎を掴む腕を吹き飛ばした。


「おや、死に体からまだ魔術を放ちますか」


「やめ、ろ……ぐぉッ!?」


 しかし、吸血鬼は気にした様子もなく腕と肩を再生させてその指先を茜へと向け、それを邪魔しようとする黒崎を工場の壁まで思い切り蹴り飛ばした。


「さて、先ずは一人」


 一度血を奪う魔術を受けていた茜は既に大量に失血し、最早意識を保つことすら難しい中で、それでも吸血鬼を睨み続け……そこに止めを刺さんと、吸血鬼の指先から茜へと血の線が伸びた。

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