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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と最高の日

 瑞樹が依頼者の柚乃と共に誘拐された。それに二人が気付いたのは、黒崎が瑞樹の痕跡を追って誘拐地点に投げ捨てられた脅迫の紙を拾った時だった。


「クソッタレ……ふざけやがって、クズ共がッ!!」


 茜は激情を駐車場の壁にぶつけ、ピシリと入った罅を見て舌打ちをした。


「先ずは、御岳さんに報告しよう……それに、この周辺にまだ敵が居る可能性もある。脅迫の紙をここに落としていったなら、ここに俺達が来ることは想定してた訳だから」


「……あぁ、そうだな。こういう時こそ、冷静にだ」


 茜は周囲を睥睨し、一先ずは人の気配が無いことを確かめると携帯を取り出して御岳へと電話を掛けた。


「……御岳か。そっちは無事だな?」


 茜は苛立ちと怒りを押し込めた声色でそう問いかけた。






 ♦……side:柚乃




 ここは、何処なんだろう。目隠しをされて、口にも喋れないように布を巻かれて、音だけが聞こえる状態で暫く経った。多分、途中まではトランクの中に居て、それから抱えて運ばれてからはもう何処に居るのか見当も付かない。



 助けて。



 もう、思考を何度もその言葉だけが過っては、恐怖がそれを埋め尽くした。何か考えることも怖くて、何も考えないことも怖かった。身動ぎ一つすることすら、そこに居るかも知れない相手を苛立たせることだと考えて、ひたすらに身を小さくして数時間が経った。



 助けて。



 誰か、助けて。怖い。暗くて、腕も縛られて、動けない。何も分からない。なんで、こんなことになったのか……誰がこんなことをしているのか。



 恐怖と怒りと苛立ちと、それが混じって一つになってまた恐怖に潰されて、こんな時間がいつまで続くのか。ここについてから色々と聞かれたが、そのどれも殆ど何を言ってるか分からない内容だった。でも、分からないと答えても予想通りだったのか痛めつけられるようなことは無かった。

 それでも、私達を攫う時にあの男が言っていた言葉はずっと私の不安を掻き立てていて、用済みになったから殺されるかもなんていう想像を度々してしまっていた。


 そんな中で私の見つけた一番の安らぎは、茜さんがどこからか飛び込んで来て敵を全員叩きのめして私と瑞樹さんを助け出す妄想だった。

 お兄ちゃんが言っていたように、高い所から颯爽と飛び降りて来て、ヒーローみたいに助けてくれたら、良いのにな。そんな浮ついた心も、偶に聞こえる金属を引き摺ったような轟音でいつも正気に戻される。


 それがきっと、この場所の扉の音なんだということに気付いたのは、ついさっきだった。やけに響く声と合わせて、もしかしたらここは工場みたいな場所なのかも知れないと私は思った。

 車で運ばれる時間はそこまで長くなかった。県外までは確実に行っていないし、人に見つからない場所なら、北九州の方の廃工場が思い当たる。一度、友達と肝試しに夜向かったことがある。閉鎖されていて入れはしなかったけど、外から見るだけでも結構怖かったのを覚えていた。



「――――おい」



 そんな推理によって恐怖を忘れる試みは、男の冷たい声によって終わりを告げた。しかし、目隠しを取られてその場所が推理通りであったことが分かった。空は太陽が失せて、すっかり暗くなっていた。


「立って、付いてこい」


 私は震える足で何とか立ち上がった。隣に立つ瑞樹さんは、心配そうな、申し訳なさそうな目でこちらを見ていた。でも、その目の奥では怒りが燃えていることを私は何となく察した。

 こんな状況でも恐怖より怒りや心配が勝つなんて、凄い人なんだなぁと場違いな感想を抱くと同時に、震えは少しマシになった。瑞樹さんに勇気を貰えたのかも知れない。


「……ッ!」


 金属製の扉を通って広い場所に出た私は、沢山居る黒い服の人達の他に、四人が立っているのを見た。茜さんと、黒崎さんと、御岳さんと、一人は見たことのない白っぽい金色の髪の女の子だった。その女の子以外は両手を上げて無抵抗を示していた。


「さぁ、交換と行こうか。アンタらは大事な大事な護衛対象を差し出して、それよりももっと大事な仲間とついでに依頼人を受け取る。平等で、とってもフェアな交換だ。これこそ、フェアトレードって奴だな」


「何にも面白くなんざねぇよ、クソッタレが……!」


 ニヤついたような声色で一人の男が言うと、茜さんは自身の歯を噛み砕きそうなまでに怒りの滲んだ表情を浮かべ、それを見て男は楽し気に笑った。


「おっと、怒りのままに手を出すのは止めた方が良い。この二人には、いつでも発動可能な呪いを掛けてあるんだ。脅迫状にもそう書いてあっただろう? それが嘘じゃないのは、俺達のことを知っていればよーくわかる筈だ」


 茜は上げた両手の拳を強く握り、そこから血が流れ落ちるが、男はより楽しそうに笑みを強めるだけだった。


「あー、今まで苦しまされた分、記念写真でも撮りたいところだけど……時間を掛けすぎてイレギュラーが起きても嫌だからね。さぁ、光ちゃん。こっちに来るんだ」


 光と呼ばれた女の子は、どこか決意に満ちたような表情で手招きする男の方へ歩き……私達に近付いたところで、すっと両手を組んだ。


「おい――――」


 男が不審げに眉を顰めた瞬間、その女の子から工場を埋め尽くす程の白い光が溢れ出した。

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