全知全能と交流の道
ミニチュア化したソラを抱えてラクリオの工房へと歩いていた僕は、途中で木人に声を掛けられた。
「やぁやぁ治さん、何を抱えて歩いていらっしゃるんだい」
人好きのする笑みを浮かべた姿勢の良い穏やかな男に問われて、僕はソラを男へ見せつけた。彼のことは僕も知っている。この里の戦士の中でも特に槍の技術に優れた男だ。
「ソラだよ、ジシンさん」
ジシンさんはニコニコと笑みを浮かべたままソラをまじまじと観察し……そして、固まった。
「こ、こ……ぃ、いや、まさかとは思うが」
「うん。だから、ソラだよ」
「神樹様が、まさか本当にこんな姿に……?」
「そう言ってますやんか」
そこまでは言ってなかったか。まぁ、今言ったから良いよね。
「お、治さんや……こいつは、一体どういう……」
「私が治に頼んで、連れて行って貰った。今から、ラクリオの工房へと向かう所だ」
「……っ」
可愛い見た目のまま、威厳のある声でそう話したソラに、ジシンさんは眩暈を起こしたようにくらりと揺れて、己の額に手を当てた。
「そうで、ございますか……いやぁ、何年生きても驚くべきことってのはあるもんですな」
「同意する。私も、治が再びここを訪れた時には驚きと、それを超える喜びがあった」
「いやぁ、ハハッ、神樹様と比べちゃおれぁ苗木どころか種みたいなもんですがね」
「ジシン。お前は私の枝葉だ。苗木では無い」
ソラがそう言うと、ジシンさんは目を見開いて膝を突いた。
「身に余る、ありがたいお言葉で」
「これは事実だ、身に余ることなど、無い。でも、そうか……治は言っていた。ただの枝葉としてでなく、一人の木人として見ろ、と」
「……おれぁ神樹様の枝葉で、一人の木人でさ。どちらかでなくとも、どちらも事実として尊重してくれたら一番嬉しいことでさぁな」
「そうか……分かった。胸に刻んでおく」
ソラが言うと、ジシンさんは深く頭を下げた。
「そう、畏まらなくても、良い。今の私は……それこそ、ただの苗木だ。この姿のように」
そう言って、ソラは両手を広げた。威嚇するレッサーパンダみたいだ。
「まぁ、確かに随分とずんぐりしてるというか、可愛らしいお姿でさぁな……」
「そうだ。今の私は、お前たちが普段崇める神樹とは、思わなくて良い。私も、治のように、お前達と話したいと」
「そいつぁ、是非に。若い連中なら、おれらのような年寄りよりも気を軽くして話せるたぁ思いますんで、最初はそういった連中から話して見ると良いかも知れないでさぁな。あ、ただ、若いのだと失礼をしそうなんで、やっぱり……」
「別に、構わない。私への礼を失するも、敬意を抱かないことも、それぞれの自由だ。元々、私は私に対する信仰を求めてはいない」
ソラは失礼なことを言われても大して気にし無さそうではある。というか、木人達は自分の体の一部のようなものという認識であって、自分の方が偉いとか敬意を払われるべきとか言う考えでは無いんだろう。
「それじゃ、すみません。ラクリオの工房に行かないといけないんで」
「あいよ。神樹様を持ったままこけないように気を付けるんだよ」
「はーい」
僕はソラの短い手を掴んで人形を操るように振って、ジシンさんに別れを告げた。ジシンさんはその様子を見て微妙そうな顔をしていたが、手を振り返してくれはした。やっぱり、この里でも柔軟な方なだけはある。
「さ、急ぎましょうかね」
僕も寝る時間があるからね。ここからは長くなりそうだから、急いでラクリオの工房に向かわせて貰おう。
「治」
「ん?」
「これから……楽しくなりそうな気が、する」
「うん、きっとそうだよ。沢山友達を作って、これから死ぬまで遊んで暮らせば良いんだ」
ソラは長い間、僕のせいで孤独を味わっていた。だから、これからは楽しいことばっかりの人生……いや、木生でも良いだろう。誰が許さずとも、僕が許す。
「治」
「んー」
「着いた」
「だね」
僕は頷き、そして躊躇いも無くラクリオの工房の中へと足を踏み入れた。
「やぁ、ラクリオ。それに、スイ。来たよ」
僕はソラの片手を掴んで上げて、気楽に挨拶した。ラクリオは眉を顰めてじっくりと観察するようにソラを見て、スイは一瞬で硬直した。
「新種のゴーレムって訳でも無い……っつーか、これ神樹様の素材、いや、ん? いや、ん? いや……」
ヤバい、ラクリオがバグった。そして、スイも固まったままである。
「もう気付いたかも知れないけど、これはソラだよ。ほら、コンニチワー」
「コニチワー」
再びソラの片手を上げて挨拶をすると、ソラも真似して挨拶してくれた。
「…………ぷっ、あははっ! あははははっ!! いやぁ、もう何よそれ? 笑うしかないじゃない? ぷふっ、あはは!」
そこまで固まっていた筈のスイが、限界を迎えて噴き出した。止まらない笑いを堪えて、スイは僕とソラの方に近寄って来る。
「凄い……本当にソラ様なのね」
「そうだよ。神樹の一部を依代に意識を宿して動かしてるんだって」
「それにしても、可愛らしい見た目になったわね……」
スイの言葉に、僕は自慢げにソラを突き出して見せた。
「僕のイメージした姿を使って貰ったからね。可愛いでしょ?」
「……えぇ、貴方がここに帰って来てくれて本当に良かったわ」
スイは頷くと、突き出されたソラを受け取って両手で掲げた。
「ソラ様、賢者のスィアーナ―です。今後ともよろしくお願いします」
「知っている。この姿は、意識を移しただけ。記憶も当然持っている」
ソラが答えると、スイはにこりと笑っていた。




