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ある日、僕は全知全能になった。  作者: 暁月ライト


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全知全能と魔術士

 何とか無事に帰り着いた赤髪の少女は、くたびれたソファに座り込んで溜息を吐いた。


「ふぅ……何とかなったぜぇ」


 少女はソファの背に腕を広げて肘を置き、解放的な姿勢で天井を見上げた。シミのある汚れた天井はしかし、少女の心を落ち着かせた。

 それから少女は視線を下ろし、自身のポケットから()()を取り出した。


「七割くらいはこいつのお陰だけどな」


 腕輪のような形状に纏められた炎の鞭は、その熱気を外に漏らしてはいなかった。



「――――ッ、茜! 大丈夫だった!?」



 連絡を聞いて駆け付けた水色の髪の少女が、ボロい二階建ての建物の中に飛び込んで来た。一階のソファに腰かけていた赤髪の少女、茜はにへっと笑みを浮かべて片手を上げる。


「おぉ、瑞樹か。余裕だぜ? コイツのお陰でな」


 腕輪くらいの大きさの炎の輪を茜は見せ、それを振るって鞭の形状に戻した。


「だから外を歩くときはちゃんと偽装の魔術を使ってって……ッ、何それ!? 魔術、みたいだけど」


「あぁ、単なるエネルギーの癖に安定し過ぎてて消える気配はねぇ。こういう系の魔術にしちゃ、こんだけ持続時間を伸ばしてる奴は珍しいよな」


「珍しいどころじゃないでしょ……って、それよりケガしてるじゃん! 処置もしないで何で座ってるの!?」


「ん、あぁ……そういや、そうだったな」


 茜は肩と足に開いた穴に意識を向け、自身の負ったダメージを思い出した。今更感じ始めた痛みに眉を顰めるが、それ以上に気にかかったことを茜は口にした。


「護衛はどうした。光は何処にいる?」


「光ちゃんは大丈夫だよ。今は御岳さんと黒崎君が見てるから」


「あぁ、御岳が戻って来たのか。それなら安心だな……」


 茜は瑞樹の話を聞くと安堵したように息を吐き出し、ゆっくりと目を瞑った。


「ちょっと疲れちまったからよ……治療、頼んだ」


 そう言うと、茜はソファに横たわって意識を失った。


「ちょっと、もう……仕方ないんだから」


 瑞樹は柔らかく笑うと、入り口をしっかり施錠して茜の体に触れた。


「『清浄の導きは、澄み渡る清流の如く』」


 瑞樹の指先、茜の体に触れる部分に青色の魔法陣が展開された。


「『血潮を流れ、穢れを祓い、巡り行く』」


 青い光が魔法陣から発せられ、薄暗い建物の中を照らす。


「『清浄なる治癒(ピュアヒーリング)』」


 その青い光は茜の内側に入り込むと、血の流れに乗るようにして身体中を巡り、傷を癒していく。


「ふぅ……これで良し、かな」


 目を瞑り、暫く茜の体に手を当てていた瑞樹は目を開き、自身に額を伝った汗を軽く拭った。青い光は消えており、茜の体に付いていた傷も無くなっていた。とは言え、疲労まで消し去れる訳では無い。

 茜はぐっすりとソファで眠ったままであり、瑞樹はその様子を穏やかな笑みで眺めていた。






 ♦……side:宇尾根 治




 久し振りに三人で遊ぶことにした僕たちは、カラオケに向かっていた。都市部から少し離れた場所にあるそこのカラオケボックスは、安い上に人が少ないので僕たちは良く利用していた。


「うわぁ、カラオケ久し振りだわ。マジで歌えっかな」


「そんなこと言ったら僕も久々だよ。ここで遊ぶ時くらいしかカラオケなんて行かないし」


「俺もだな……そもそも、歌は得意じゃないからな俺」


 自信無さげに言う善斗だが、この中で歌が一番下手なのは僕なのであった。歌うこと自体は好きなんだけどね、如何せん上手くはならない。歌ってる時は気付かないんだけど、録音して聞き直すと結構酷くて凹む。


「……!」


 善斗が何かを見つけたように表情を変えたので、その視線の先を僕も見ると、そこには近くのヤンキー校……というか、柄の悪い奴らばかり居る高校の生徒に絡まれている女子高生が居た。ここら辺を通るとああいうヤンキーみたいな奴を見かけることは少なくなかったが、こうして誰かが絡まれている場面に遭遇するのは初めてだった。


「お前ら、何やってんだよ?」


 善斗がつかつかと近付いて言うと、不良達は一斉に善斗の方を向いた。


「あ? なんだよ……見たら分かんだろ? ナンパだよナンパ!」


「この子カワイイからさ、ちょっと一緒に遊ぼうぜって誘っただけだけど? お前は何?」


「関係ねぇ奴はさっさと消えろや。マジで邪魔ェ」


 威嚇する不良達だが、女子が泣きそうな顔で善斗に助けを求めると、善斗は女子高生の手を引いてさっと自分の後ろに隠した。

 僕と絵空は目を見合わせて、どうする? と小声で呟いた。善斗が手当たり次第に人助けをしたがるのはいつものことだったが、今日のこれは不味い。周りに人は居ないし、相手は三人だ。しかも、一人は結構喧嘩慣れしていそうに見える。


「取り敢えず、行くしかないっしょ。三対三だって思ったら相手も引くかもしんねぇしさ」


「確かに」


 僕は短く頷き、絵空と共に善斗の下に馳せ参じた。


「手出す気なら警察通報するけど? 良いの?」


「あ? 誰だテメェ……あんま舐めんなよ。通報する暇とかやんねぇよ馬鹿」


「マジでくらす(殴る)ぞテメェ。つか、後ろのひょろい奴なんや?」


 警察への通報をちらつかせてみた絵空だったが、効果は無く寧ろ相手は怒りを露わにするだけだった。そしてついでのように僕がディスられた。え、これどうなんの?


「あー、もう良いわ。プッツン来たわ。殺す」


 先頭の男が、遂に我慢の限界に達したのか善斗に向かって殴り掛かった。

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