全知全能と石
そうして、取り敢えずゴーレムの方に挨拶でもしに行こうかと歩き出した僕。既に見えてるくらいの距離だし、全然遠くはない。
「あれ……?」
だが、スイが急に足を止めて表情を変えた。僕も足を止めて振り返ると、スイはこちらに気付いたようで視線を向けてきた。
「ごめん、神樹様からのお言葉が……先に行ってて貰える?」
「あ、うん」
僕が頷くと、スイは目を閉じてその場に留まった。分かんないけど、きっと大事な話なんだろう。僕は一人で斧を持って威風堂々と立っているゴーレムの方に向かった。
「やぁ、久し振り」
ゴーレムが僅かに身動ぎして、僕の方を見た。
「おはよう」
ゴーレムはじっと僕の方を見ているが、何も語ることは無い。当然だ。何かを語る機能も無ければ、語ろうとする心も無いのだから。
「……」
そして、スッとゴーレムは僕に手を伸ばした。
「え? あ、う、うん……」
僕は戸惑いながらもそのひょろ長い腕の先の手を掴み、上下に振った。すると、ゴーレムは何事もなかったかのように元の堂々とした姿勢に戻り、視線の先も真っ直ぐに戻した。
「あの……暇、だったりする?」
僕が聞くと、ゴーレムは僕に視線を向けて黄金の斧を構えた。違う、そうじゃない。
「別に、模擬戦の誘いって訳じゃなくて……なんか、暇だったらここで過ごす間はソラを……神樹を守って欲しいんだ。良いかな?」
ゴーレムはこくりと頷いた。これで、きっと何かあっても安心だろう。ゴーレム君が守ってくれるなら、僕が目を離した隙にソラや木人達が倒されるなんてことは無い。
「それと、この星が滅びるようなことがあれば、それからも守って欲しいんだ。出来るかな?」
ゴーレムは再びこくりと頷いた。軽く了承してくれたように見えるが、ゴーレム君が約束を反故にすることは無いだろう。
「……そういえば、ずっとゴーレムなんて呼ぶのも良くないよね」
ソラと並んで……いや、ソラとも比べ物にならない程の時間をゴーレム君は過ごしてきた。時たま、僕と遊ぶ為だけにだ。別に彼には心も魂も無いから、それで摩耗したりなんてことはしないけれど、名前すら付けないままって言うのは可哀想っていうか、失礼な気がする。
「名前……どんなのが良いかな」
誰かの名前を付けるなんて行為、今までは一切してこなかったから困っちゃうよね。ソラに続いて、今日で二つ目だ。どうしようかな。ゴーレムかぁ……うーん。
「ゴーレム……岩……石」
連想できる言葉をぽつぽつ呟いて行く僕だったが、その途中でゴーレムが僕にじっと視線を向けた。
「え、石?」
こくりと頷くゴーレム。全く理解できないが、石が気に入ったらしい。
「じゃあ、君はイシだ。それで……良いのかな?」
ゴーレムは頷き、元の堂々とした姿勢に戻った。まぁ、別に良いけどさ。僕は。
「それじゃあ、イシ。よろしくね、この星を」
ゴーレムはちらりとこちらを一瞥すると、またこくりと頷いた。良し、これで安心だろう。後はまぁ、労いを込めて体でも綺麗にしておいてあげようか。僕は指をパチリと鳴らし、ゴーレムの体についていた僅かな汚れを清め、風を吹かせて体に乗っていた葉っぱを散らせた。
「良し、こんなもん……ん?」
僕は眉を顰め、周囲をぐるりと見回した。気付けば、僕は木人達に囲まれていた。最初とは違って槍は構えていないみたいだけど。それどころか、寧ろ全員が片膝を突いてこちらを見ている。
「あ、あの……どうしたの?」
僕が問いかけると、賢者のスイが前に出て真剣な表情で僕を見た。
「誠に、ありがとうございます。神樹様とお話をして、その無聊を慰めて頂き。また、我らのことも話して頂き……心よりの感謝をお伝えします」
「や、やめてよ……別に、僕がソラと……神樹と話したのは、僕が話したかったからってだけだから。それに、ソラに寂しい思いをさせたのは僕でもある訳だしさ」
僕が弁明するように返しても、スイは真剣な眼差しでこちらを見ることを辞めなかった。
「そして……無礼の数々をここに謝罪させて頂きます。攻撃的な言葉を発し、あまつさえ槍を向けてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「いや、良いってば……」
下げた頭を上げると、スイは僕に手を差し出した。
「それでも許して下さると言うのであれば、どうかこの手を取って下さいませんか?」
そうか。そういうことか。僕は差し出された手を迷いなく取り、それから言うべきことを言うことにした。
「勿論、許すよ。それと、僕からも……ごめん。何も知らない人間のフリなんてして、僕がズルかった。そのせいで、皆が混乱して警戒するようなことにもなったと思う……どうか、許して欲しい」
「勿論、許します」
にやりと笑ったスイに、僕もふっと笑う。
「これからよろしくね、治。遊びに来たければ、人としてでも神としてでも、いつでも来て良いのよ」
「うん、また来るよ。ソラとも、そう約束したから」
「良かった。楽しみにしてるわ」
掴んだ手に引き寄せられて、スイは僕に抱擁した。僕はちょっとドキドキしながらも、ただのスキンシップだと言い聞かせて、平静を装いながら表情を変えないように努力していた。




