さなぎをやぶりちょうはまう
罪の無い人生を送ってきたつもりだった
「もっと…力を込めてよ……」
君は息も絶え絶えに、僕に命令する
僕はそれに抗えない
現在僕は、自宅のアパートメントで君に馬乗りになり、君が付けていたネクタイで喉を圧迫し続けている
時刻は朝の5時
世界が動き始めるよりも少し前の時間だ
君と会ったのはつい先刻、アパートメントの前の路上での事だ
正装のようなシャツにスラックス、そしてネクタイ
こんな時刻に出くわすには不自然な年齢と姿をした少年だったが、僕に選択の余地は無かった
君は僕を視るなり、「騒いで人を呼ばれたくなければ、従って下さい」とだけ、僕の眼を視ながら断固として口にした
───そして僕はいま、暴力行為を君から強要されている
率直に言って恐ろしさがある
このまま君が死んでしまえば、僕は殺人者だ
だがその反面で、ネクタイを通して柔らかな喉の弾力が、無力ながらも必死な抵抗が、伝わってくる
それはとても心地良い手触りでもあると、僕は感じ始めていた
「つ…」
「つぎ…は……」
君が、唇をぱくぱくと震わせながら、その合間に言葉を紡ぐ
その視開かれた眼は、酸素の欠乏によってか、既にあらゆる物を視ていなかった
「僕を…殴って下さい……」
僕がネクタイを緩めると君はそう告げ、荒い呼吸を繰り返した
僕は言われた言葉を反芻した
『殴るのであれば、死ぬ事は無さそうだ』
倫理的発想では無いが、一番最初にそう思った
『もしかして、これも気持ちが良いのだろうか』
静かな、しかし叫び出したい程の興奮を隠しながら、僕は拳を強く握り締めた
握った拳を顔に向けて振り下ろす
感触としては生肉に近いな、と僕は頭の中の冷静な部分で考えていた
ただ、この肉は死んでいない
拳を振り下ろし続けるうちに頬も瞼も腫れ上がり、鼻から眼から血が滲み始める
そしてこの肉には「体温が有った」
数分もしないうち、人形の様に白くて綺麗だった君の顔は、余す所なく紫色に腫れ上がっていた
もっと君を損壊したい衝動が有ったが、出来なかった
気付けば息は上がり、拳もあちこち裂けている
いつしか僕自身も息も絶え絶えになってしまっていた
疲労を意識した途端、それは全身に染み渡り、支配を主張してくる
僕は血液が付着する事も厭わず、君に覆いかぶさる様に崩折れた
二人の呼吸が、部屋の中で旋律を形作る
聴こえる音はそれだけだった
君が急に笑い出す
僕はまだ疲労で動くのも億劫だったが、視線だけを君に向けると耳を澄ました
「楽しかったよ」
「ありがとう」
「じゃあ、『僕』は去るからね」
どういう意味だろう
暫くすると、少年は急に動揺し始めた
声も先程までとは完全に違う
錯乱した様子で、下から僕を押し退けようとし始めた
「どうしたの?」
僕は声を掛けたが、少年はひどく僕に対して怯えた様子で「やめて」「助けて」と繰り返し、弱々しく泣きじゃくり始めた
「ねえ、どうしたの」
「続きをしようよ」
僕がそう言うと、少年は恐怖に眼を視開いてこっちを視た
その口が助けを求めるために叫び声を上げようとする
僕はそれを片手で塞ぐと、上から体重をかけた
少年のか細い手足が、ばたばたと助けを求めて暴れまわる
さて、困ったことになった
しかし僕には、それがとても愉しかった