フィクサー
コネもなければ、家柄もなかった。
東京の一流大学に進んだところで、そんな人間は掃いて捨てるほどいる。
生まれ育ちは、地方の小さな町。資金ゼロ、人脈ゼロ。
普通なら、その時点で勝負は終わっている。
だが、三崎は違った。
自分の器が小さいことを、誰よりも自覚していた。
だからこそ、彼は“勝ち方”を選んだ。
「自分の名前で勝負できないなら、肩書きを利用するまでだ」
彼が飛び込んだのは、大阪に本社を置く財閥系総合商社――白水物産。
それは、もはや企業ではない。“国家の看板”を背負った装置だった。
一介の社員であっても、その名刺一枚が通行証になる。
政財界の重鎮と渡り合い、国境を越えて利権を動かす。
肩書きひとつで、社会の階層を飛び越えられる場所。
それが総合商社だった。
世間の目には、総合商社の社員は輝かしい存在に映る。
仕立てのいいスーツ、時には国際線のビジネスクラス、グローバルなビジネス。
だがその実態は、はるかに泥臭く、そして黒い。
彼らは、ただのサラリーマンではない。
情報をかき集め、ときにスパイのように暗躍し、国家間交渉の裏側で静かに糸を引く。
政府の要人が表舞台で脚光を浴びる陰で、総合商社の交渉人は“国の裏稼業”を請け負っている。
資源、エネルギー、インフラ。
それらは、単なるビジネスではない。国家の根幹を揺るがす利権だ。
商社は、その利権を奪取するために、現地の財閥、官僚、軍部と絡み合い、
誰にも見えない“力”のネットワークを築いていく。
三崎が目指したのは、まさにその世界。
名刺ではなく、“自分”の力で国を動かす人間。
影で国を動かす支配者だった。
1995年27歳の時、三崎は自ら志願して海外赴任のチャンスを掴んだ。
希望はニューヨーク、ロンドン――だが、配属されたのはバンコク。
悔しさはあった。だが、花形の資源部という肩書きにすがり、なんとか気持ちを切り替えた。
「ここで結果を出さなければ、生き残れない」
その一心で日本を発った。
そして、その地での出会いが、三崎の人生を大きく動かしていく。
駐在から2年、三崎はタイという特殊な環境に適応し、
清濁を飲み込む“本物の交渉人”になっていた。
白水の三崎――その名前は、タイの要人にも競合他社にも知られる存在となった。
焦りは常にあった。先に出世した同期に追いつくために、睡眠を削って働いた。
数字を作るためなら、賄賂も不正も辞さなかった。
タイという国には、そういった“土壌”があった。
駐在員に与えられた豪奢な邸宅。潤沢な予算。
日本資本に、媚びへつらってくる者たち。
三崎はその権力に、少しずつ魅せられていった。
やがて、彼は会社の評価を超え、“三崎”という名の看板を持つに至る。
表と裏。官と闇。その境界線は、次第に溶けていった。
商社マンであることすら、彼にとっては“役割の一つ”にすぎなくなっていった。
タイ・マフィアとの接点が生まれたのも、この頃だ。