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ゴンドワナ

作者: 羽生河四ノ

「一緒に来てくれませんか」

 オス猿はそう言ってメス猿を誘った。二匹の猿の前には海が開けていた。広大な海。見渡す限りの海であった。その向こうに、一つの島が見えた。それは後世、現生世界ではマダガスカルと言われる島国であった。勿論当時は、まだそんな名前ではなかった。ただ、大きな大陸から分裂して離れていく。哀れにも、無常感さえ漂わせた一つの島でしかなかった。大きなものから離れて、切り離されてしまった哀れな流刑地にも思われた。

 海には、こちら側の陸地、浜、砂の上に、木で、木々で作られた筏の様なものが浮かんでいた。オス猿が作った筏であった。それであそこに行こうというのである。あの離れていく島に。

「僕があなたを幸せにしますから」

 メス猿はそう言ったオス猿を見た。それから筏を見た。そしてその後島を、離れていく。大きな大陸から切り離されてしまった。その島を見た。あそこに何があるのか、わからなかった。そこに幸福があるのだろうか。メス猿はそう思った。


 その昔、大陸、陸地は一つだったのだそうだ。その一つだった頃の大陸は、こん日パンゲアという名前で言い表されている。また、それとは別にゴンドワナ大陸だったという説もある。

 地球の陸地がこん日のようになる前はゴンドワナ大陸という超大陸だったという説である。ゴンドワナというのはサンスクリット語で『ゴンド人の森』という意味らしい。

 ゴンドワナ大陸もパンゲアも、まあ、そんなに変わらない。学会的にはすごく違うのかもしれないが、浅学で浅慮なこの話の作者からしてみたらどっちもそんなに変わらない。

「へえ、そうなんだー」

 くらいの感じである。

「ゴンド人の森って何だろうなあ。パンゲアの方が意味はわかりやすかったな。パン、全部。ゲア、ガイア、大地。の方が。ゴンド人の森って何だろう。ゴンド人って特別なのかな」

 昔、何かの原因から、大陸のプレートが分裂して、それぞれの島、大陸に分裂したのだそうだ。各地にそうだったという証拠というか、現象というか、生命であるとか、植物の分布とかそういうのを調べて見ると、昔、大昔はそうだったに違いない。みたいなのがたくさんあるのだという。そうでなかったら説明つかないことがたくさんあるのだという。

 ロマンは感じる。感じることは感じる。でもまあ、他に何かありませんかって言われても大変だなあーって言うくらいの感じだ。

「パンゲアだったのが分裂してゴンドワナになって、それから現生世界の様に分裂したんだあ、それは熱いなあ」

 位の感じだ。


「どうか、お願いです。少し待ってくれませんか」

 メス猿がオス猿から顔を背けて言った。オス猿は今にも出発しようと思っていた。作った筏に乗って。こん日、マダガスカルと呼ばれるあの島に。だから、少しだけ、ほんの少しだけ、彼女に、メス猿に失望した。ほんの少しだけ。

「ここに居てもきっと未来は無いと思うんです」

 オス猿は言った。ここ、この大陸に居てもきっと。その言葉は彼女に向けてというよりも、自らに、自らを奮い立たせているみたいだった。自らの言葉を、口から耳に聞かせて、それで決意を新たにするみたいに。揺らいだ神への信心を恥じて改めるみたいに。

「明日の朝まで、待ってくれませんか」

 メス猿は顔を上げて、そう言った。

「時間が経てば経つほど、大変な船旅になります」

 オス猿は今にも行きたいのだ。今。今すぐにも。自らの決意が揺るがないうちに。マダガスカル島がこれ以上彼らの元から離れる前に。彼はそこに楽園があると信じた。確信は無い。でも、それでも、そう信じた。ある日分裂をはじめて、徐々に離れていくあの島を見た時、天啓の様にそう確信した。自分達の将来、未来を、その離れていく島に見た。思い描いた。

「明日の朝まで、お願いです。待ってほしいんです。どうか。お願いします」

 メス猿はそう言って頭を下げた。

「……わかりました」

 オス猿がそう言った後、二人、二匹は触れ合い、抱擁をして口づけを交わした。もう日が暮れかけていた。辺りにある何もかもが薄暗くなりかけていた。此岸も彼岸、マダガスカル島も、薄暗く、なりかけていた。全てが暮れかけていた。

「明日、朝、待ってるから。だから、必ず」

「ええ。分かってます。分かってますから」

 そんな中で、二人、二匹は、抱き合って約束を交わし合った。オス猿はメス猿をかき抱いた、その時も、あの島、マダガスカル島での生活を想像していた。メス猿もまた、オス猿と共にあの島で暮らすことを夢に見た。そういう夢想の中、二匹は抱き合って口づけを交わし合いお互いの事を愛した。愛し合った。


 翌朝、オス猿は目を覚ました時、傍らにメス猿はいなかった。メス猿には家族が居た。父と母と幼い妹と弟と。一旦そこに戻ったのだろうと思った。オス猿には家族と呼べるものはいなかった。大陸には彼らよりも大きくて獰猛な生物がたくさんいた。その犠牲になったのである。彼らは弱く、常に警戒して生きて行かなくてはいけなかった。あの島はどうだろうか。オス猿は思った。もしかしたらあの島だって同じかもしれない。マダガスカル島にだって危険はあるかもしれない。数多、あるかもしれない。

 しかし、それでも。

 オス猿はマダガスカル島に賭けたのである。自らの生涯、未来を、メス猿と一緒になってあの島で暮らす。その可能性に賭けたのである。

 勿論、ダメかもしれない。そもそも海を渡れないかもしれない。海を渡る途中で、大きな海洋生物にやられてしまうかも知れない。運よく上陸したところで、そこに強い大きな獰猛な生物がいたとしたら、生き残れないかもしれない。エサだって無いかも、尽きてしまうかも知れない。

 それでも、

 オス猿は大陸から離れていくあの島に賭けたのである。何一つわからない。分からなかった。でも、賭けたのである。


 ゴンドワナ超大陸だったものが、分裂した際、マダガスカル島が生まれたのだそうだ。こん日のマダガスカル島は御存じの通り、サルの楽園となっている。ざっと調べただけでも、もの凄い数のサルが居ることがわかる。

 ワオキツネザル、ベローシファカ、イタチキツネザル、インドリ、アカエリマキキツネザル、シロビタイキツネザル、ピグミーネズミキツネザル。

 現在、彼の地には107種ものサル、キツネザルが生息しており、そのほとんどがマダガスカル固有の種であるそうだ。キツネザルはサルの中でも原猿類と呼ばれている。そんなサルが、どうしてマダガスカルにこれほど繁殖しているのか。一説には海を渡ったのではないかと言われているらしい。


 太陽が真上に上る頃になっても、メス猿は戻ってこなかった。

 オス猿はその事実に絶望して、しゃがみこんでしまいそうになった。膝が震えて立っていられなかった。メス猿との日々を思った。愛しみ合った、幸福だった日々を。

 しかし、オス猿はしゃがみこんだりもしなかったし、涙も堪えた。必死になって堪えた。自らの事を殴りつけても涙を堪えた。

 彼は島を、離れていく島を。マダガスカル島を見た。

 どうした事か、突然、さっきまでの晴天だった天気から変わり、空が曇って来た。雨が降ってきた。海は荒れ、水は灰色に変わった。

 そんな中、オス猿は海に筏を出した。筏と同じく手作りの櫂を使って海に出た。波は高く、雨はすぐに大雨に変わった。死ぬかもしれないと思った。

 それでも、オス猿は、櫂で水を、海を漕ぐことをやめなかった。一心不乱に櫂を動かした。

 途中、何度も振り返りたい衝動にかられた。

 しかし、彼は、オス猿は一度も振り返らなかった。

 彼は島だけを見ていた。

 ただマダガスカル島だけを見ていた。


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― 新着の感想 ―
大陸の荒波で進化というなの近代化を選ぶか(現代っ子)、島に残って伝統を守るか(小学校に着物で行くような古風な子=絶滅済み)。確かに分水嶺ですが、それよりも、分水・霊長のお話として、馬鹿馬鹿しさと壮大…
[良い点] ラストの余韻、冒頭の掴みの読者を引き込む力量がすごいと思いました。 パンアゲ再び登場しましたのね。揚げパンね。 ってメス猿どこに消えたの(>_<。))❔自分から待っててとオス猿をひき止…
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