89話 地道な捜査
「ふ~ん。そうだったんだ」
レイヴンから事の顛末を聞かされたサラの反応がこれである。
あまりの淡泊さにレイヴンの方が驚くくらいだ。
「魔導士なんだぞ。気にならないのか?」
「それを言ったら、お兄ちゃんだってナイトレイダーだったし。私はナイトレイダーにもあんまりいい感情は無いから。結局、その人個人で判断するしかないじゃん?」
「(確かにそうだが……)」
「それでこれからどうするの?」
「もちろんマルドーソに向かうさ」
別行動になるとはいえ、さぼるわけにはいかない。3国が協力するという体裁をとっている以上、足並みを乱しては何を言われるか分かったものではないからだ。人数が少なくとも、できれば目に見える貢献を示したかった。
「そこで、まあ……まずは地道に聞き込みだな」
「たった3人で聞き込みねぇ~」
サラはそう言いつつも、やるべきことだとは理解していた。だがそれなら協力してやればいいじゃないか。そうならないのは手柄を分け合わずに優位に立とうとする思惑があるのではないか。これで3国の協調路線が保てるのか。そんな疑念が浮かんできていた。
「ではその役目、私に任せて下さい」
「ナナちゃん?」
「できるのか?」
「問題ありません。レイヴンの母として井戸端会議に参加し情報を得てきます」
「…………」
レイヴンとサラは思わずお互いを見合った。
このままナナに任せて大丈夫だろうか。
いやでもナナちゃん、やる気になってるし……
2人は言葉に出さずとも、なんとなく相手の気持ちを理解していた。
結局、不安はあるがナナに任せる事にした。
「ではマルドーソに向けて出発しましょう」
ナナが自ら情報収集を言い出した根拠は集音機能に自信があるからだ。人間よりも優れた聴覚機能を持ち、複数の声を同時に聞き分ける事が出来る。それを広範囲に渡って使える。母としての威厳……かは分からないがとにかく役に立つことを見せつける絶好の機会だった。
それから数時間後、一行は西に進みマルドーソに到着した。特に検問があるわけでもなく、そのまま町に入る事が出来た。
「中々賑わっている町だな」
「そうね。GAとの交易を一手に引き受けてるからね」
サラの事前の下調べ通り、町には商人の姿が多い。おかげで疑いの目を向けられることなく過ごせそうだ。何かと目立つレイヴンも護衛として見られており問題ない。
「ということは、GAのナイトレイダーも普通に入り込んでいるかもな」
そして他の2国も既にどこかで活動を開始している事だろう。レイヴンたちは車を止めると早速活動を開始した。レイヴンは地理を確認して戦闘になった場合に備える。ナナとサラが情報収集。いざという時にレイヴンを呼ぶためにそれぞれ信号弾を備えている。
この大陸では平時であっても銃の携帯は認められているので問題ない。昔から魔導士と戦うために必要だったし、自衛のためにも手放すわけにはいかない。仮に犯罪に使われるようなことがあっても、すぐにレイダーが駆けつけて対処するので、悪用される可能性は低い。むしろ音の出ないナイフの方が周囲にばれずに犯罪を行えるという意味で悪人には重宝されるようになっていた。
ナナとサラは町を歩きつつ、ウルバスマインから持ってきた香辛料を売りさばいていた。ナナが突然止まって指さした。
「サラ、あそこの喫茶店に入りましょう」
「何? どうしたの?」
「あそこの主婦たちが例の件について話しています」
ナナはその会話の内容を正確に聞きとっていた。サラは仕組みは分からないがナナの耳が良いことは理解していたので素直に従った。お腹が空いていたので丁度いいという個人的な都合もあったが。
そして会話を終えて主婦たちが離れると2人もその場を離れる。そしてまた別の場所で事件についての噂話を回収していった。マルドーソの住民にとってもホットな話題なので噂好きな女性たちがあちこちで話している。
よそ者が話を聞こうとしても警戒するかもしれないが、仲間内ならそんなことはない。ナナは地元の警備に怪しまれることなく、新鮮な情報を次から次へと集めて行く。中にはかなり脚色されている話もあったが、それでもナナは情報として受け入れる。情報のインプットの容量は膨大なので問題ないし、最終的な判断に向けて最大公約数的な解答をまずは出そうと考えていたのだ。
夜になると2人はナナの報告を受けることになった。勿論宿代節約のためトラックの荷台でだ。アンドロイドのナナは内部電池で動いているから問題ないが、レイヴンとサラは沢山食べるのでエンゲル係数が凄まじいことになっている。食費も確保しなければならないので節約は必須だった。
ナナが少し得意気に今日の収穫について話し始めた。
「報告通り、GAの硬貨がばら撒かれているのは確かなようです。そして犯人の目撃情報もありました。その多くが西に向かって行ったとのことです」
「うん、まあ、そうだろうな」
レイヴンはナナの報告に驚くことなく返事した。犯人は恐らくGAかライガルリリーの者であり、東部3国の者ではないことはある程度予測できたことだ。正体を知られたくなければ、わざわざ西以外に向かう選択肢はないだろう。レイヴン自身も初めからそう考えていたので町の西側を中心に下調べを行っていたのだ。そのためレイヴンの反応は淡泊だった。
「ちょっとお兄ちゃん! もうちょっと言い方考えなさい。それじゃあ、ナナちゃんがかわいそうだよ」
「ん、ああ。助かったよ、ナナ。これで貰った情報が正しかったことが証明されたな」
しかし、ナナは納得しなかった。レイヴンにではなく自分に対して。そして明日からの調査ではもっとしっかりとした情報を出そうと決意していた。




