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85話 出発前

 

「私もついて行くからねっ!」


 サラは部屋を出るとレイヴンにそう告げた。そして答えを聞くことなく部屋に戻っていく。彼女の中でそれは決定事項であり、レイヴンが反対しようとも決して覆ることがないことだった。


 レイヴンの故郷にやってきてから既に5年近く。14歳になったサラは近所の学校で教師として働いていた。以前に孤児院の子供相手に教えていたこともあり、その時の経験を活かして生活費を稼いでいた。元々辺境の地に勉学が得意な教師が少ないという事情もあり問題なく就職すると評判の教師になった。


 それに加えて休日には自動車整備士の見習いとして機械いじりをして過ごしている。元々両親のような研究者に憧れていた彼女は現場仕事もやりたいと感じており、機械に触れることを望んでいたのだ。ウルバスマインにはメタリア人の宇宙船はないので、仕事を強要されることはなかったし、GAの魔の手が彼女を襲う事もなかった。


 GAとしてはサラを狙っても、レイヴンという戦力が敵となり、闇に潜まれては正直国が機能しなくなる可能性すらあると考えていた。戦争の駒として考えればそれほどではないが、テロリストのように内部に侵入されたら探し出すのが困難になる。5年前よりもナイトレイダーの数を減らした現状では各地の重要施設にまわせる人員はさらに少なくなっており、とてもレイヴンに対応できるとは思えなかったのだ。


 その後、後継者ともいえる少年が発見されたことでサラの重要性は低くなり、レイヴンには彼女の側にいてもらって西側に誘拐されないように守ってもらえばいいと考えた。このまま戦力の少ない東側にいてもらう方が良いと判断したわけだ。東側は西側のように戦力を増強する気配もないし、無理につついては藪蛇になりかねない。


 そういった訳でGAから追われることなく、特に色気づいた話もないまま平和に過ごしてきたサラは新たな刺激を求めていたのだ。もちろん、レイヴンと一緒にいることが優先なのは言うまでもない。


 レイヴンとしてもサラの同行を拒否する心算はなかった。既に1人の大人として働いていたということもあるし、今後の移動手段は自動車になるので、整備士として働く彼女の存在は心強い。運動能力は身につかなかったが、レイダーとして強靭な肉体を持つので他の整備士よりも安心できる。東側は各地を繋ぐ鉄道は殆どないので、車移動が中心になるはずだ。


「まずは他の国の連中との顔合わせか……」


 一体どんな奴らが来るのだろうか。そんなことを考えていると食器の片づけを終えたナナが通り過ぎて行った。一瞬だけレイヴンの方をチラッと見るとそのまま部屋に直行。流石に今はレイヴンとは別の部屋で暮らしている。


 ナナとしては当然付いて行く予定であり、レイヴンにしても異論はない。同行の確認すらしないまま荷物をバッグに詰め込み始めるのだった。


 彼女はこれまでレイヴンたちの家事を仕切るだけでなく、鉱山の男たち向けに食事を提供して日銭を稼いでいた。そしてそれを惜しげもなくレイヴンの食事に詰め込んだ。食費はちゃんと出すと言うレイヴンの提案も断り、子育てをしていると実感して、母親としての感動を味わっていたのだ。


 これから出発する3人の中で一番惜しまれているのもナナだ。多くの住民たちの胃袋を掴み、様々なレシピを提供することで主婦たちの信頼を得てきたのである。酔っぱらいにも毅然とした対応を取るナナの姿はさぞ頼りになったことだろう。


「俺もあいさつ回りに行かなくちゃな……」


 レイヴンはグローリアに向けて出発した当時のことを思い出していた。


「(そういえばあの頃も挨拶していったな)」


 その人数は当時よりもかなり多い。


 レイヴンはこの町を拠点とするレイダーたちの兄貴分的な存在として彼らを指導していた。訓練学校の初代主席であり、その当時から学生の間で知られる存在だった。二つ名さえあったレイヴンの指導を願うレイダーは多い。


 だが今は当時と状況が違うし心構えも違う。

 誰かを頼りにするのではなく、自分で考えて自分で決める。


 自分たちが戦争に巻き込まれないようにする。

 それはレイヴン自身の願いでもあり、国から言われずとも考えていたことだ。

 だから今回の仕事に不満はない。


 今は国が後ろ盾になってくれているが、GAと対立した場合には容赦なく切り捨てられる可能性もある。それでも仲間を、家族を守るために戦うと決めたのだ。レイヴンの目に迷いはなかった。

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