7話 改造手術
ナイトレイダー訓練学校の校庭では、第1期生たちの運動能力測定テストが行われていた。足の速さにジャンプ力、持久力の他、握力など各種筋力のチェックが、レイダーではない一般事務員の助けを借りて粛々と進められている。やはり6歳児たちにはイオスが威圧した効果は抜群だったようだ。
「イオス先生、いい加減睨むのやめてください。子供たちが委縮しちゃいますよ」
「そうは言ってもな……」
「いいじゃないですか。皆可愛いし。……やっぱり未練たらたらですか?」
「当たり前だ。現場を外されて悔しくないのか?」
「そりゃ悔しいですよ。でも決まったんだから、やるしかないです」
「ルウは大人だな……」
イオスとルウが校庭の様子を窺っていると一人の男児に目がいった
「あの騒がしかった子……結構いい動きですね」
「7番アッシュ・ローか。確かにいいが2年前のあいつの数値と比べるとな……」
「じゃあ、あの子はどうですか?」
ルウが指さした先にいたのは獣人だった。彼らは獣人の中でも背が低い種族で、成人になっても130cmほどしかない。だが森に住む彼らの身体能力は高い。
「確かに抜けてるが、あいつらは早熟だしな……それに獣人の中では真ん中ぐらいだろ」
「もうっ。そんなこと言ってないで、いいとこ探ししましょうよ。ほらっ、あの子で最後ですよ。中々いい動きじゃないですか」
最後に現れたレイヴンは能力テストをそつなくこなしていた。
「まあまあかな。そういえば俺の威圧にも動じなかったな……資料によると同年代とつるまずに大人たちと生活していたようだ。こういう奴ばっかだと楽できるんだがな」
生徒たちはテストを終えるとすぐさまバスで移動する。既に第一陣は出発しており、最後に残ったレイヴンが駆け足でバスに乗り込んだ。宇宙船に向けて出発したバスを見送った二人はため息をついた。この後生徒のことは専門家に任せるので、教師二人はしばらく手隙になる。だからといって休暇になるわけではない。
「これ……私達だけでやるんですかね?」
「言うな……」
生徒たちが戻ってくるまでの数週間、二人は瓦礫だらけの校庭の片づけを命じられていた……。
グローリアは元々宇宙船を隠すために造られた町だ。そのため町が発展しても最重要施設である宇宙船の周辺区画には研究施設が僅かにあるだけで、一般の民家や商店などは建てられていない。そのため人通りが少なく、怪しい人物が近寄ったらすぐに分かる。警戒任務をしているレイダーも腕利きばかりだ。
全長1kmを越える宇宙船は艦橋部分以外が地面に埋まっている。正確には埋めて隠した状態。どうせ起動方法が分からず動かすことができない、だったら埋めて隠してしまえ、という単純明快な思考からだった。
宇宙船の中には壊れた艦橋から入ることができる。艦橋の周りを囲むように大きな倉庫が建てられて守られているが、壊れた艦橋の方が頑丈だ。これまで2回だけ魔導士の空爆を受けたが全くの無傷であった。とはいえ万が一を考えるとそのままという訳にはいかないので念のためといったところ。
入口の目の前には白衣を着た男性がレイヴンたちを待っていた。
「え~、船のことが気になるでしょうが、とりあえず話を聞いてください。私は今回のレイダー改造手術の責任者、クンド・サハルと申します。といっても実際には機械が勝手にやるので私の役目は説明しかないんですがねぇ、はは」
クンドがぼそぼそと話しているが、懸念していた通り生徒たちの視線は宇宙船に釘づけ。そんな生徒たちの目の前を先に手術を終えた生徒を乗せた担架が次々と通り過ぎて行った。
「え~彼らは手術を終えて別の場所に運ばれている最中ですねぇ。今は麻酔で眠っていますが、起きたら酷い痛みに襲われます」
担架を見て驚きの声があがった。何しろ手足をガチガチに固められて拘束されていたのだから。捕虜にだって、もっとマシな対応をするだろう。
「彼らは既にレイダーなんですよ、半分だけですがねぇ。これから沢山暴れるでしょうから、ああでもしないと抑えられないんです。何かに憑りつかれたように騒ぐ人もいますしねぇ。これから頑丈な部屋に行ってもらうので、そこで思う存分暴れて下さい。なあに心配いりません。2、3週間もすれば痛みも引いて普通に生活できるようになりますよ」
つまりは2、3週間は痛みを堪えなければならないということだ。生徒たちの緊張感は増していった。中には涙目になる者やパンツにシミができている者もいる。
生徒たちは順番に一人づつ手術室に呼ばれていった。レイヴンは運動能力テストの時と同様に最後だ。手術は順調に進み、レイヴンの番がやってきた。
「それでは最後の人、入って下さい」
レイヴンが返事をして中に入る。パンツ一丁になってベッドに寝そべるとすぐさま麻酔が打たれた。数秒後意識がなくなり、ロボットアームがレイヴンの胸を開いていく。
「どうやら今回も何事もなく終わりそうですね」
助手の言葉にクンドはがっかりした様子で応えた。
「はぁ、そうですねぇ。でもそれではつまらないじゃないですか……」
「何言ってるんですか。平穏無事なのはいい事ですよ」
手術は終わり、あっという間に胸が閉じられるとレイヴンの胸はいつの間にか黒く輝いていた。それはまだわずかな大きさだったが、クンド博士は見逃さなかった。
「そうかなぁ……ん?ちょっと君、あの子の胸を見てみたまえ」
「胸ですか?何か黒いものがありますね」
「何をのん気に言ってるんですか。あれは金属化ですよ!普通は鉄のような色になるでしょ。それなのにあんなに黒く……初めて見ましたねぇ。早く上に連絡なさい」
クンドに命じられて助手は電話を手に取って報告した。