65話 反主流派魔導士
魔法王国ゴアは王国とあるが、それは奴隷支配を肯定するための制度であり、詭弁であることは建国当時から分かっていたことだ。実際には王ではなく重鎮貴族による合議制で国家は運営されていた。
そんな政府中枢とは別に、秘密裏に会合を開く者たちがいた。
「さて、一刻も早く和議を結ばなければならないわけだが……」
「奴らにとって勝利は目前だと言っていい。素直に聞いてくれるかどうか……」
「やはり、どこかで勝利してからでないと良い条件とはいかないでしょうな」
「それができればこんな話になっとらんのだよ。既にそのような段階ではない」
「そもそも話を聞いてくれるかどうか……我らは2000年もの間支配してきたのだぞ。奴らの恨みは想像を超えるものかもしれん」
「確かに感情的になってもおかしくはない、君はどう思う、フレッド・スカイ?」
フレッドはまだ30代になったばかりの青年で、参加者の中でも若い方だが、5大貴族出身でありながらも前線に出る優秀な魔導士であり、一目置かれた存在だ。フレッドは注目が集まる中、静かに意見を述べた。
「確かにこのまま和平とはいかないでしょうな。それなら土産物でも用意するしかない」
「では何を送るのだ?」
「国王様と現政権に責任をとってもらえば良い。」
「奴らの首を差し出すというのか、いやそれでもまだ……」
足りないだろう。
フレッドはそんなこと百も承知している。
「差し出すのは奴らの魔法ですよ。軍事的脅威がなくなれば戦う理由の一つがなくなる。我々の目的はなんですか?恐らくこのまま敗北してしまうでしょう。賠償も必要です。だが自治は認めてもらう。これは絶対です。そうでなければ誇り高い我らの民が納得するはずがない」
「できるとお思いか?」
「要は我々を奴隷にするよりも自治を認めた方が良いと思わせればいいんですよ。奴らにしても、まとめておけば管理は楽だし、ゲリラ戦や戦後のテロの心配も減るわけですから。殲滅戦をするってわけでもないでしょう。グレイク総司令が評判通りの人物ならば、ね」
「だが、そこまで信用してもいいのか?」
「そんな時のためにスパイを送り込んでいるのでしょう?いざとなれば火魔法を使って発電所や重要施設を爆発させるって交渉カードもある。我らの魔法があれば」
そこまで聞いて、納得する出席者が続々と現れた。
「まあ、今回の戦いで勝てれば話は幾分早くなるんですが」
「そ、そんな不吉な事言わんでくれよ」
会議が終わろうかという時に伝令が到着した。本来であれば本部に伝えるはずだが、あらかじめ潜り込ませていたフレッドの部下であるため、命令通りに彼の元にやってきていたのだ。
「報告します! トルテ平原後方に作られた物資集積所が襲撃を受けております」
「なんだと!」
「持久戦に持ち込んで救援を待つとの事でした」
他の者が焦る中、フレッドは極めて冷静に頭を働かせていた。
「どっちの集積所だ?」
「二つの集積所からほぼ同時に救援要請です」
「敵の規模は?」
「そ、それが2人組で、もう片方は単独です」
「そんな少人数でか!!」
「やはり先手を打たれたしまったか……」
「何を暢気な! あそこに被害がでれば戦線が維持できないですぞ!」
物資集積所には警備の者もそれなりにいたはず。それを少数で襲う。
フレッドはGAの最精鋭によるものだと確信していた。
「他には何かないのか?」
「そういえば単独の方は黒い奴だと言っていました……」
黒い奴とは当然レイヴンのことである。その存在はゴアでも名が通っており、フレッドの意志を固めるのに充分な情報だった。
「そうか……ならば、我らに必要なグレイク総司令へのホットラインを持つほどの者かもしれませんな」
魔法王国に時間的な猶予は僅かばかりしか残されていない。黒い奴がホットラインを持っている方に賭ける。フレッドは席を立った。
「行ってくれるか、フレッド。危険な任務になるぞ」
「勿論です。本隊にばれないようにこそっとやってきますよ」
フレッドは伝令に命令した。
「私はこの後寄り道していく。君も周囲を十分に警戒して本部に行くように」
部屋を出るとすぐに副長のリリ・サルバンが寄ってきた。彼女はフレッドの姪でありながらも、立場の危ういフレッドに懐いてしまい、実家を悩ませている存在だった。
「話は聞いていたな。お前にも飛んでもらうぞ」
「まあ、あれだけ大きな声でしたからね。誰もいなかったからいいものの、ヒヤヒヤしましたよ。それでどっちに行けばよろしいですか?」
「俺は1人の方にいくから、2人の方は任せる」
「それはずるいです!レイダー2人相手なんて勘弁して下さいよ~」
リリは涙目で訴える。フレッドはそれを普段通りのことだと気にせずに説明した。
「1人ってことはそれだけ戦闘力があるってことだ。恐らく黒い奴の方が強いはず。それに戦いに行くわけじゃない。話を聞かないなら逃げればいいさ。俺より飛ぶのが上手いんだから」
「まあ、分かりましたよ。納得はできないですけど……。でもこれって警備の魔導士が負ける前提ですよね?」
「当たり前だ。トップクラスのレイダーにお貴族様の後方勤務が適うはずないだろ?」
「ですよね~」
2人は風をまとい、別々の方角へ飛んでいった。




