57話 保護?誘拐?
「(今日中に来てくれて助かったな)」
それはレイヴンの本心であった。予定よりも早く到着したが、襲撃犯が来なければ何日も潜伏する必要がある。日毎に潜伏がばれるリスクが増すのは間違いない。それならば早く来てくれた方が体力的にも精神的にも良い。戦わないことが重要ではあるが、戦闘の可能性がある以上万全を期したい。そんな思いだった。
襲撃犯たちが動きだすのを、レイヴンは少し離れた所から窺っていた。まだ薄暗い町を実行犯が移動する。動きを見れば一目瞭然。見覚えはないが4人のレイダーだ。だがその速度は遅い。レイダーが町中で本気を出そうものなら、コンクリート製の道であっても破壊してしまうし、破片が飛び散り音を出す。それは静かな夜間において致命的だ。レイダーが隠密行動する際には、静かに移動しつつ速度を出す高度な技術と経験が必要なのだ。
つまり隠密行動を見る事でレイダーとしての練度も見て取れるといっていい。
レイヴンは4人の動きを見て能力を把握し、戦闘になっても勝てると確信した。仮に4対1になっても勝つ自信はある。ということは、例え彼らに先を越されても横から掠め取る、という次善の策が持てるという事だ。勿論、事が予定通りに運ぶのならそれが一番良い。だが他の策があるかどうか、レイヴンにとっては重要な事だった。そもそも今回の任務自体が運の要素が大きい。GA内での主導権争いのせいで碌に支援を用意できていない現状で、成功させようなんて土台無理な話だ。それを実力のあるレイダーで補うというのは強引過ぎるだろう。
とはいえ、あくまで目的はサラ・ディルスティンの保護であり、戦いは最後の手段である。
4人のレイダーたちが二手に分かれた。護衛部隊はまだ襲撃犯に気づいていない。
「(……恐らく少女と接触する直前にばれるはずだ。一方が引きつけている間にもう一方が攫う手筈だろう。このままだと誘拐が成功するかもしれないな……)」
レイヴンは懐から小型の爆弾を二つ取りだした。殺傷力はほとんどないが大きな音が警報機代わりになる。二手に分かれた襲撃犯に目がけてそれぞれ投げつけると、犯人たちの目の前で大きな音を立てて、二つの爆弾はほぼ同時に爆発した。
その結果、周辺の施設から護衛らしき人影が次々と現れ、襲撃犯たちと対峙することになった。混乱する襲撃犯は二部隊とも自分たちが囮の役割を負ったと思い込み、散り散りになって逃げだす。護衛たちも一部を残して追い始めた。
レイヴンは暗闇から現れると残っていた者たちをあっという間に気絶させ、その場にいた全員を出し抜いて建物への侵入に成功した。扉を開けてサラの寝室に入る。サラは爆発音で目を覚ましていた。
レイヴンは護衛の振りをしてサラを誘導しようとした。
「ここは危険です。付いてきてください」
「……あなた、護衛の人じゃないでしょ? あの人たちはそんな話し方しないわ」
サラは一瞬だけ目を見開いた後、淡々と話し始めた。レイヴンはそれに驚きつつも、すぐに任務を再開することにした。
「(気づいたならば仕方ない。気絶させて連れて行くか……)」
そう思った瞬間だった。
「でもいいわ、誘拐犯さん。あなたについて行ってあげる。ここにも飽きてきたし……」
それは思いもよらぬ返答だった。
何故この少女は冷静なんだろうか。
レイヴンは気味悪く感じていた。
サラはこれまでに二度誘拐された経験があった。自身の有能さ故に。だからこそ落ち着いているし、ソルミューンにも未練がない。
「だけどね、一つだけ条件があるの。私……今、欲しい物があるんだ。それをくれたら付いて行ってあげる。駄目だったら大声を上げて人を呼ぶわ」
「分かった。何が欲しい?」
「話が早い人って好き。欲しいのは……優しくて妹想いのお兄ちゃんよ!」
レイヴンは淡々と返事した。
「残念だな。持っていない」
そういってサラに近づき始める。それが何を意味するのかサラはすぐに理解した。レイヴンの誤解を解くためにサラは少しだけ年相応に素直になった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あなた、あなたの事だから」
「どういう事だ?」
「あなた、背が高くて大人っぽいけど、声が若いわ。ちょっと年が離れてそうだけど、そこは譲ってあげる。私のお兄ちゃんとして認めてあげるわ」
何故だか釈然としないレイヴンは反論したくなってしまった。
「だけど俺は優しくもないし、妹想いでもない」
「あなた本当に誘拐するつもりあるの? 嘘ついてでも肯定しなさいよ。まあいいわ……でも一つだけ約束して。私のこと……絶対に守るって。妹的にそこは譲れないわ」
「ああ、約束する。絶対に守るよ」
何か足りないんじゃないの?とサラの口が動くと、レイヴンは面倒だと思いながらも言い直した。
「絶対に守るよ、……兄として」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
サラがレイヴンの胸に飛び込んできた。レイヴンは一連の茶番を馬鹿馬鹿しく思いながらも、一方で心地よさも感じていた。それが一体なぜなのかは分からない。だが今は一刻も早く脱出することが重要だ。そのままサラを抱き上げると気づかれぬままソルミューンを離れることに成功した。
サラを抱えて全速力で突き進み、日が昇る頃には最西端の町と駅が見えてきた。レイヴンはナイトレイダーの詰め所に寄ると、グレイクの部下に事情を話してサラの服を用意してもらい、列車の出発を待った。
部屋に二人きりになったレイヴンとサラは少しの間話すことにした。
「それで、なんで兄が欲しかったんだ?」
「……笑わないで聞いてね。私ってさ、ほら、天才だし、物分かりいいし、顔も良い方だし、将来的にも期待できると思うのよ」
ツッコミどころはあるが、あくまで自称だからいいだろう。レイヴンは自身を納得させて相槌を打った。
「でも護衛の人たちが話すのを聞いちゃってさ。私って愛想がないんだって。自分でも信じられないんだけど、それがグサリと刺さった……すごくショックだったんだ」
「愛想がないとは思わないけどな」
「でも、きっとそれは正しい評価なの。だって私……全然甘えなかったもん。……それで考えたの! 優しくて妹想いで格好いい素敵なお兄ちゃんがいれば、私は愛想よくなるんじゃないかって!」
「(俺にそんな兄になれとでもいうのか。とてもじゃないが笑えない。いや周りの人間が聞いたら俺を指さして笑うんじゃないか?)」
サラは困惑するレイヴンをよそに笑顔になった。
「これからよろしくね、お兄ちゃん!」




