52話 たいしたことない価値
レイヴンはミトリを背負ってシルビアの町に向かっていた。
「ん?起きたか?」
「えっ? あ、はい……」
「もうすぐ町に着く。それまで寝ているといい」
会話はたったそれだけで二人は黙ってしまう。
レイヴンは普通の町娘の前で山賊の皆殺しを見せる必要はないし、もっと上手くやりようがあったのではないか。そう後悔していた。
一方ミトリは背負われていることを申し訳なく思いつつも、目の前で起こった惨事を思い出さないよう、別のことを考えなければと必死にあがいていた。やがて、まだ感謝を伝えていないことに思い出した。
「あの……また助けてもらっちゃいましたね。ありがとうございます」
「ああ……いや、俺の方こそ、ひどい事を言ってすまなかったな」
ミトリの生死は関係ないと言った事である。
「ううん、あれが作戦だってことは私にだって分かりますよ。ああ云わないと私に人質としての価値がでちゃいますからね」
ミトリはさすがに頭の回転が速い。状況を理解できていた。
「そうか、ありがとな」
「もうっ、何でレイヴンがお礼を言うんですか」
レイヴンはその言葉に救われた気がしたのだ。その後、町に到着すると二人は別行動をとった。
二人は朝日が昇り始めた頃、ようやく町に到着した。夜通し戦闘、移動をしていたレイヴンは睡眠をとり、助けられたミトリは無事に戻ったことを母親や誘拐現場を目撃して心配していた住人に報告していた。
それが終わると今度は荷造りである。ムラシム一家が壊滅したことで急いで出発する必要はなくなったが、万が一を考えてできるだけに早めに旅立つことにしたのだ。だが戻って来て早々に誘拐されてしまったため準備は何一つ進んでいない。結局、列車の時刻に間に合わず出発は翌日となった。
レイヴンは目覚めるとすぐに食事に向かい、何度も注文を繰り返し、出された料理を次々と平らげた。金属化はエネルギーの消費が激しく、それに加えて前日から碌に食べていないのだから仕方がない。
食事を終えると次は仕立て屋に向かう。ガラハに打たれた腹部を中心にシャツとロングコートがボロボロになってしまったのだ。
「新品を買った方がいいんじゃないの?」
その方が修理するよりもずっと安い。店主にそう言われてもレイヴンは首を縦に振らなかった。店には彼のトレードマークである黒い服がなかったのだ。
レイヴンは金属化すると体を黒く変色させて硬化する。他のレイダーとは異なる彼だけの特徴であり、それを隠すために黒い服を着ている。……のであるが実の所は、本人の好みによるところが大きい。
修理を依頼すると町をぐるりと見回った。アフターサービスとしてミトリが出発するまで護衛しようとしたのだ。だがそこは小さな町である。お互いが顔見知りである住民にとって、むしろ怪しいのはレイヴンだった。
警戒感から声を掛けられて事情を聞かれたが、ミトリが無事に戻ってきたことが町中に知れ渡ると同時に、助けたのがレイヴンであると理解された。住民は感謝を伝えると謝罪の意味も込めて酒の席に誘ったが、明るいうちから酒を飲む口実であった。
最初は数人で飲んでいた宴会も徐々に人数が増えて祭りのように盛り上がっていった。やがて準備を終えたミトリも皆と一緒にいた方が安全だといわれて参加すると、人々の悪乗りは止まらず、レイヴンのグラスは空になるたびに酒が注がれた。まだ若いレイヴンは飲酒慣れしておらず、あっという間に顔を赤くして眠りにつくと、二日酔いで翌日を迎えることになった。
翌日
列車の出発時刻が近づいていた。ミトリは見送りのために駅に集まった住民たちに別れの挨拶をすませるとレイヴンに向き直った。
「レイヴン、本当にありがとうございました」
「ああ、元気でな」
「レイヴンも困ったことがあったら、私を頼って下さいね。こう見えても義理堅い女なんですから」
「気にするな。報酬も貰っている」
「でも……」
それではミトリの気が済まない。でも、しつこく言いすぎるのも嫌われるかなと強く踏み出せない。レイヴンは本当に気にしていなかったし、気にして欲しくもなかったので、なんとかフォローできないかと考えた。
「俺がやったのは……そうだな。胸を触ってしまったお返しのようなものさ。たいしたことじゃないし、気にすることはない」
「「「……………………」」」
聞いていた者は皆絶句し、思わずミトリの控えめな胸を見つめた。
自分はたいしたことはやってない、だから気にすることはないんだよ。それまでの流れから、そう言いたいのは理解できる。だがその例えは最悪だった。まるでミトリの命は、彼女の胸くらいの価値しかない、と言っているようにも聞こえてしまう。
ミトリの胸は慎ましいが、それを愛でる者、誇りに思う者は確かに存在するのだ。大小は好みの問題であり、そこに優劣などありはしない。そんなことは人類普遍の共通認識だろ。まだ酔ってるのか。宴会はもう終わってるぞ。住人からそんな声が飛ぶ。
彼らの後押しを受けてミトリは一歩踏み出し、右手を大きく振りかぶった。
周りの反応を受けて、レイヴンもさすがに失言だったと気づく。ビンタの一発や二発は仕方がないと目を瞑った。
だが飛んできたのはビンタではなく、唇同士が触れ合うだけの優しい感触だった。
レイヴンが目を開くと、ミトリが頬を赤らめながらも悪戯っ子のように笑っていた。
「これでも需要はある方なんだからねっ、変態!」
数拍遅れで軽くビンタを食らわすと、ミトリは恥ずかしさを隠すように列車に駆けこんでいった。




