47話 列車での戦い
列車の屋根ではレイヴンがミトリに指示を出していた。黒のコートを脱いでも真っ黒な上下で揃えているレイヴンの姿は異様さを際立たせていたが、ミトリは恐怖のため気にするそぶりは見せない。レイヴンは平時と違い言葉が荒いものの、努めて冷静に伝え始めた。
「助かりたければ必死に俺にしがみついてな。そしたら、あんたの事を守ってやれる」
「で、でも、あの人達、銃を持ってました……大丈夫なんでしょうか?」
その心配は当然である。銃を持つ二人に対してレイヴンは武器になるようなものを持っていない。先程の動きから運動能力は確かに高そうと感じていたが、不安は拭いきれない。それならば一か八か列車から飛び降りた方が助かる確率は高いのではないか。ミトリはそう考えたが実行する勇気もなく、近くに隠れる場所もない。ただただ不安な表情を浮かべるだけであった。ミトリの不安をよそにレイヴンは言い放った。
「問題ない。俺はレイダーだ。それを信じるかどうかはあんたの自由だがね」
そう言われたのなら信じるしかない。自分には状況を覆す力などないのだから。ミトリは覚悟を決めた。だが一つだけ気になることがあった。
「あの……私、あんたじゃなくてミトリって名前があるんですけど……」
「(ったく、こんな時に何を言いだすかと思えば……)」
レイヴンは呆れるようにため息をついた。
「ああ、分かった。この場を切り抜けたらな……」
ミトリは不満ながらも一応納得を見せる。
その返事とほぼ同時にガラハが屋根によじ登ってきた。
レイヴンは視線をあちこちに移して警戒を強める。
「よう、待たせたな」
レイヴンは即座にガラハに飛びかかろうとしていた。
だが高速で走る列車の上ではバランスが悪い。
ミトリを抱えていることがそれに拍車をかけて躊躇した。
さらに接近するのを止めた理由はもう一つある。
ガラハと反対側からシュリが登ってきており、既に銃口を向けていたのだ。
レイヴン自身は銃で撃たれても問題はない。
だがミトリはそうはいかない。
「(やはり逃げずに大男を倒してもう一人に迫るべきだったか……)」
列車内で聞こえたのは恐らく威嚇用の銃声だけ。
狙いが彼女の誘拐であるならば、追ってくるはずだと想定していた。
敵は自分のことをレイダーだと分かっているだろう。
ナイトレイダーに人質は通用しないことは理解しているはずだ。
乗客を殺したとしても自由に動けるようになって、敵の方が不利になるだけなのだから。
だったら強引に倒しても良かったかもしれない。
レイヴンは判断をミスしたかもしれないと悔む。
「(さて、どうしようか……)」
一方、銃を向けたシュリも均衡した状況に居心地の悪さを感じていた。
形としては追い詰めているが、万が一を考えたら安易に撃つことはできない。
目的はミトリの誘拐であって殺害ではないのだ。
シュリは考える。
先程のレイヴンの身のこなしはどう考えてもナイトレイダー。
切り札はあるが、安易に撃つわけにはいかない。
シュリはガラハと連携するために目配せすると、レイヴンに語り掛けた。
「なあ、お節介な兄ちゃん。俺たちはその女に用があるんだ。あんたと敵対したいわけじゃない。女が必要なら別に用意しよう」
銃をホルスターにしまい、両腕を広げて無害をアピールする。
今更そんなことをしても信用されるはずがないし、シュリも当然分かっている。
それでもわずかにレイヴンの意識を向けさせる事はできた。
その一瞬の隙をついてガラハが飛びかかる。
「馬鹿め! よそ見する奴がいるかっ」
大声を出して接近をばらすな!
シュリは舌打ちしつつも、すぐに切り替えて銃を取り出した。
ミトリを撃つわけにはいかないが、足なら最悪当たってしまっても大丈夫なはず。
レイヴンの下半身に狙いを定めて素早く引き金を引いた。
それからの数瞬、シュリは違和感を覚えた。
銃を撃つ直前、レイヴンは確かに自分に視線を向けてきた。
だがすぐに無視すると視線をガラハに戻して迎撃態勢を取ったのだ。
この弾丸は対レイダー用に作られた特別製だと聞いている。
奴はそれを知らないかもしれない。
だとしたら、自分が感じている不安は何なのか。
冷や汗が流れる感覚が全身に広がっていく。
シュリの放った弾丸がレイヴンの足にヒットする。
だが肉体を傷つけることなく、乾いた音を立てて弾丸は弾かれた。
レイヴンは何事もなかったかのようにガラハを待ち構える。
「下がれ、ガラハ!! いったん引くぞ!!」
確実に倒すために二人で対応することを選んだのだ。
シュリがレイヴンに無視されてしまっては作戦も何もない。
即座に一時撤退を提案したが既にガラハの攻撃は始まっている。
急に止まることなどできやしない。
「死ねや、カラス野郎!!」
拳に力を集中した重い一撃。
銃弾をはじいたレイヴンもこれを食らえばダメージを負うだろう。
だがレイヴンは攻撃を冷静に見極めるとミトリを守るように後ろに下げて半身になる。
それと同時に左でカウンターを放ってガラハの意識を奪う。
レイヴンは崩れ落ちる体を無慈悲に列車から蹴り落とした。
そしてシュリの方に向き直る。
一対一になってしまったシュリは後ずさりを始めた。
「……さすがはナイトレイダー様だ。中央のエリートは格が違う。高い金を払ったがとんだ欠陥品だったようだ」
レイヴンは何も答えないし、動かない。あわよくばレイヴンから何か情報を得たいと考えていたシュリであったが、反応がなければこれ以上対峙する危険は必要はないと判断した。
「残念だが退くとしよう……その女は次の機会に必ずいただく」
そう宣言してシュリは列車を飛び降りてガラハが落ちた場所に戻っていった。
「悪い奴ってのは意外と仲間想いなんだよな」
レイヴンは一応の勝利を収めた高揚感から思わず口元がニヤけた。
ミトリはそれを見て薄気味悪さを感じたが、同時にその余裕が頼もしく思え、そんなレイヴンを見つめるうちに頬が赤く染まっていった。これには吊り橋効果が大いに発揮されているのは間違いない。
「ミトリ、そろそろ車内に戻ろう」
「は、はい。あの……ありがとうございました」
「……気にするな、たいしたことじゃない」
レイヴンは恥ずかしさからぶっきらぼうに答えると、ミトリを抱えて割れた窓から車内に戻った。




