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46話 レイヴン・ソルバーノ 19歳

 

「うっわー。すげー気持ちいい!」


 少年が満面の笑みで、荒野を走る列車の窓から上半身を飛び出すと、母親が落ちないようにと慌てて下半身を押さえつけた。それでも少年は、はしゃぐのを止めない。それも仕方のないこと。なにしろ初めて列車というものに乗り、これまで体験した事のないスピードを味わっているのだ。風で髪が乱れ、母親の注意も聞こえない。少年は自分の世界に入っていた。


 やがて少年の瞳は一か所に釘づけになった。視線の先にあるのは大きなクレーター。よく見れば遠くにもちらほら。少年の興味はクレーターに移っていき、母親の方に向き直った。


「ねえ、お母さん。なんであんなに地面がボコボコしてるの?」


 母親は少し寂しそうな顔をして答えた。


「今から20年くらい前かな……。たくさんの隕石が降ってきたの。そのせいで……町も沢山壊されちゃったのよ……」


 そして多くの命を大地に還したのである。少年は「ふーん」と興味なさげに返事をして再びはしゃぎ始めると、足をぶらぶらさせて通りがかりの男の足を蹴ってしまった。


「あっ! 申し訳ありません!」


 母親は緊張した面持ちですぐに謝罪した。それもそのはず、少年が蹴った男は暑い日にも関わらず黒い服を(まと)った、いかにも怪しい長身の男だったからである。


「たいした事じゃない。気にしなくていいですよ」


 蹴られた男……19歳になったレイヴン・ソルバーノが言葉を掛ける。母親は再び頭を下げると、慌てて少年を抱え別の車両に駆けていった。


 レイヴンはこの母親を失礼な奴だとは思わない。子供を守るのが親の役目だ。だが立派な体格になったとはいえ、レイヴンもまだ10代。無意味に怖がられるのは本意ではない。


「行ってしまったか……まあいいか」


 レイヴンは去っていく親子から視線を戻した。すると他の乗客たちも同時に顔を背けていく。


「(怖がられているな……)」


 周りから自分がどう思われているかぐらいは理解している。子供の頃ならいざ知らず、185cm以上となったレイヴンは明らかに一般人とは異なる雰囲気を醸し出している。周りの乗客もレイヴンのことをナイトレイダーだと認識して、距離を置いている。


 だがそれでいい。自分がいることで犯罪抑止に繋がるのだから。自分の仕事は常に危険と隣り合わせ。知り合いの多いツヅミの町ならともかく、偶然出会った他人と近づきすぎてはならない、そう思っているのだ。


 レイヴンは乗客たちの反応を無視して座席に腰掛けると目を瞑った。目的地であるヴァイスマインに着くにはまだまだ時間がかかる。足を伸ばしてゆったりと時間を過ごした。


 ヴァイスマインはレイヴンが生まれ育った町である。そこは両親を知らずに育ったレイヴンにとって命の恩人であり、生き方を学んだ師でもあるジル・ソルバーノが住む場所であった。東部での任務を受けたレイヴンは事前に休暇を申請していた。もう13年以上会っていない。元気でやっていることは手紙から分かっているが、任務終わりに少しだけ会ってこようという訳だ。


 これまで必死に任務をこなしてきたレイヴンの初めての休暇申請を却下するほど総司令グレイクは狭量ではない。


 ヴァイスマインに着くまではまだ時間がある。これからひと眠りしようか。レイヴンがそんなことを考えていた時であった。後方の車両から発砲音が駆け抜ける。


 頭を低くして身を守る者。

 前方の車両に逃げ出そうとする者。

 訳が分からず落ち着きのない者。

 車両内は困惑で満ちていた。


 そんな乗客たちを見つめながらも、レイヴンはリラックスの姿勢を崩さない。

 だが意識を後方に向けることは怠らない。


「(この足音……近づいてくるのは2、3人か?。恐らく騒動の張本人たちだろう。他の乗客たちは動かない方が良いと判断しているのかもしれない)」


 レイヴンが静かに時を待ち続けていると、やがて後方から女性が一人飛び出してきた。


「だ、誰か! 助けて下さい!」


 その女性、ミトリ・ニラは必死の形相で先を急ぐ。彼女を追ってきた大男・ガラハが狩りを楽しむように豪快に笑いながら現れた。全身筋肉の鎧をまとったガラハは、その巨体を揺らして上機嫌にミトリに近づいて行く。


「ガッハッハッ。どうした、どうした。この女を助けようとする奴はいないのか? まあ俺様の姿に怖気づくのも無理はないがな」


 死に物狂いで逃げるミトリはスレンダーで、腰まで伸びた髪は平時であれば男性たちを惹きつけ、我先にと声を掛けさせるだろうが、乗客たちは下を向き、嵐が過ぎ去るのを待つのみ。助けようとする者などいない。ガラハは自分を抑えられる者などいないと悦に入る。


 だが何事にも例外は存在する。レイヴンは目の前を通り過ぎようとするガラハに足を出すと、ガラハはものの見事に転んでしまった。


 恥ずかしさと怒りで顔を赤くしたガラハは、レイヴンに向き直る。


「悪いね……足が長いもんで」


 まるで謝る気のないレイヴンに対してガラハが怒声を浴びせようと瞬間だった。


 レイヴンは着ていたロングコートをガラハの正面に投げつけて視界を奪うと、急いでミトリに近寄り抱き寄せ、窓ガラスを割って列車の屋根に飛び移った。


「くそっ! あの野郎――」


 目の前でミトリを見失ったガラハは忌々し気に割れた窓ガラスを見つめる。そこにガラハの仲間が遅れて到着した。レイヴンが逃げたのはそれを察したからである。


「遅いぜ、シュリ兄貴」

「馬鹿が。お前が無意味に暴れまわるから遅れたんだろうが」


 ガラハが暴れたおかげで通路が塞がり、時間がかかったのだ。委縮したガラハに向かってシュリは続けた。


「おい、ガラハ。奴らは上にいるはずだ。前後から挟み込むぞ」

「待ってくれよ。あんな奴俺一人で――」

「馬鹿野郎。だからお前はガキ扱いされるんだ。相手を舐めるんじゃねぇ」

「わ、分かったよ……」

「チラッと見ただけだが、奴は十中八九ナイトレイダーだろう。……だがこいつがあれば倒せるはずだ」


 シュリは拳銃を取りだすと弾丸を入れ替えた。


「おう、兄貴!やっちまおぜ!」


 屋根の上にいるレイヴン達を追い詰めるため、シュリとガラハは二手に分かれた。

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