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42話 裏切者のレイダー

 

 アビルガードに列車が到着すると、人々がまばらに下りていく。研究都市とはいえ、下車客がそれほど多くないのはゴアとの国境線に近いせいだ。それにも関わらずこれまで一度も狙われていないのも、今回の誘拐のための布石だとすれば納得できる。


 現地の一般兵が対応して魔導士かどうかをチェックする。本来であればそれはナイトレイダーの仕事であるが、彼らは控室から出てこない。中央を離れればそれだけ綱紀は緩むということだ。これはこの町だけの問題ではなかった。


 フランクが指揮する総司令直属部隊の面々はその様子を遠目に覗っていた。


「全く嘆かわしいことだな……」

「まっ、だからこそ潜入が楽になるんですけどね」


 隊員が前向きに答えると、フランクは頷いて各隊員を見回し行動開始を告げる。


「ではこれよりアビルガードに潜入して明日の見学会に備える。裏切者がいるかも知れん。背中を預けるのはここにいる奴だけと肝に銘じておけよ」


 研究所のムレイラス所長だけはグレイクの信用があり、便宜を図ってもらえるように予め作戦を説明している。だが現場の人間は所長を100%信用するほど楽観的ではない。


「今回はあいつも来てるんでしょ、隊長?」

「まあな。だがレイヴンは単独で行動してこそ力を発揮できる。見つけても放っておいてやれ」

「了解」


 そうして4つの影が町へと向かっていった。

 総司令直属部隊は全員で9人と少人数。

 その内の5人がこの町にいる。

 それだけでこの任務の重要性が分かるだろう。


 総司令が直接命令を下せる人数としては少ないが、ナイトレイダーの中でも指折りの戦士たちで構成され、歴史の裏側で活躍してきた。だが今回の任務次第では表舞台に姿を現してしまうほど大きな戦いになる覚悟をしていた。


 4人は町に到着した時点での戦闘も視野に入れ、慎重に近づいていく。

 そして拍子抜けするほど簡単に侵入できた。


 列車の到着時刻を暗くなるまで遅らせて、現地レイダーの隙を付いて侵入するという計画も必要ない程あっさりと町に入れた。問題なく入れたことは嬉しいのだが、先程までの苦労はなんだったのかと言いたくなってしまう。


 彼らはアビルガードまで直接列車で乗り入れずにいくつか手前のハブ駅で下車。そこから南方に広がる丘陵地帯に身を隠しながら走って移動していた。当然敵の警戒を予想してのことである。列車の速度に合わせて走るのは難しいことではないが、それでも長時間の移動は堪えるものだった。


 隊員が気を取り直して町の様子を窺っても見張りもいない。現地に配備されているナイトレイダーは全部で4人いるはずだが、一人の姿も見当たらない。これではさぼっているのか、敵に内通しているのか分からない。いずれにしてもフランクの言う通り、味方はいないと考えた方が良さそうだ。隊員たちは配置に付いて夜が明けるのを待った。


 翌朝


 朝一番の列車が到着して次々と乗客が降りてくる。10代後半の少年少女たちの他、レイヴンよりも若い子供の姿もある。そのいずれもが運動が不得意そうな印象で、幼い頃から机と向かい合っていたであろうことが見て取れる。


 そして学生たちよりもさらに若い子供も彼らと共に進んでいる。両親と手を繋いで楽しそうに歩く子供はまだ4歳の少女だ。彼女の両親は二人共研究所に勤めており、学生たちに内部を公開するにあたり、自分たちの娘もと所長に頭を下げた。ムレイラスは今回の作戦のことを知っていたため、下手に断って敵に感づかれてはマズいと思い、許可を出していた。


 隊員の一人は思わず、舌打ちして面倒なことになったと呟いた。

 子供と言うのは時折予想もつかない行動をする。

 フランクは肩に軽く触れて気にするなよと首を振って、空を見上げた。

 今回の戦いは恐らく魔導士が裏から手を引いているはず。

 それを考えれば地上と上空、両方を注意する必要があった。

 まだ辺りにおかしな兆候は見られないが引き続き警戒を怠らない。


 学生たちが中に入ってしばらくしてから、漸く2人の現地レイダーが研究所の入口に見張りに付いた。中にはレイヴンが潜んでいる。フランクたちは外からやってくるであろう侵入者にのみ集中していた。


 敵が行動を開始したのは午後を過ぎてからだった。


 それまで見学を続けていた学生たちが室内で昼休憩に入り、入口のレイダーも交代しようとしていた。その瞬間、後から来た2人は見張りのレイダーが休憩に入ろうと後ろを向くと瞬時に無力化。全く物音を立てずにそれを成し遂げると、何食わぬ顔で研究所に侵入しようとした。


 フランクは即座に指示を出す。

 2人のレイダーが潜んでいた建物から飛び降りて一気に接近した。


 裏切者のレイダーは2人。

 どこかに魔導士がいる可能性を考えれば全員で戦うわけにはいかない。

 背後から攻撃するだけなら2人でも十分なはずだ。

 誰もがそう思っていた。


 指示を出したフランクはヒリヒリするような感覚を背中に感じ取っていた。

 長年戦場に身を置いたフランクだからこそ分かる不快感。

 こんな時は大抵悪い事が起きるものだ。

 視線をあちこちに移して、周囲を確認した。


 その目に映ったのは新たに現れた4人のレイダー。

 彼らは飛び出したフランクの仲間たちに向かって突撃していた。

 仲間たちは気づいていない。


 フランクは迷った。


 頭の中にこれからの状況を予測する。

 数の上では現在4対6の戦いだ。

 このままいけば恐らく仲間が研究所内に入ろうとする2人は倒すだろう。

 だが直後に背後をとられてやられてしまう。

 自分ともう一人が4人を追って、それぞれ一人づつ倒せば2対2になる。

 中に潜むレイヴンを考えれば、それで有利に事を運べるはずだ。

 状況的にはそれが最善手かもしれない。


 フランクはその選択肢を捨て去った。


 魔導士が来た場合を考えれば、残った3人では戦力的に心もとない。

 そんな言い訳ならいくらでも思いつく。


 結局フランクは仲間を失いたくないだけなのだ。

 これでは隊長失格かもしれないな。フランクは自嘲した。


「後方より敵襲!!4人来てるぞ!」


 その叫びと同時にフランクたちは飛び出した。

 先行していた隊員たちもすぐさま反応。

 当然敵も気づいてしまい距離を取る。

 一瞬の静寂。

 4対6では困難な戦いになるだろうと予想された。


 だが6人の敵は何やら会話を交わすと、フランクたちを牽制して2人を楽々と内部に侵入させた。


「なんだと!」


 有利なはずの敵が数を減らす意味とは一体何なのか?

 今はそれを考えている時間は無い。

 フランクたちは4人の敵と徐々に距離を詰めていった。


 敵の狙いはあくまで研究者たち。

 邪魔な2人のレイダーを片付けて学生たちを含めて全員を連れ去ろう。

 彼らは当初そう考えていた。


 ところがフランクたちの登場により計画は変更を余儀なくされた。

 4対6は確かに有利な局面であるが、自分たちは金で雇われた身。

 GAを去っていったのはより良い生活を求めての事。

 ならば危険を冒すことなく、ほどほどの成果でも良いだろう。

 襲撃がばれたのは自分たちのせいではないのだから。


 フランクたちと相対する4人の襲撃犯たちはそう考えて、足止めに徹していた。

 近寄られればその分だけ距離を取る。

 その隙に内部に侵入した他のメンバーが確保してくれるだろうという思考だ。


 一方、フランクはそれを想像しつつも応援を向ける事はなかった。

 内部に入られて焦る隊員とは反対に、レイヴンのことが頭をよぎる。

 侵入した敵は2人だが、なんとかしてくれるはずという信頼感。

 それだけのものをレイヴンは積み上げてきた。


 それに大声を出したことで、中では既に頑丈な地下施設への避難が始まっている事だろう。


 そうなれば後は一刻も早く応援を向けるべく敵を討伐するだけだ。

 1人倒せばそれだけで均衡は崩せる。

 魔導士の姿はまだ見えない。

 それならばと、フランクは集中を高めていった。

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