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41話 同級生との再会

 

 今回の任務では準備は自分で進めなくてはならない。どこまで組織に入り込まれているか分からないが、内通者がいる可能性がある以上、慎重に事を運ぶ必要があった。


 時間には余裕があるため、レイヴンは一度ツヅミの自宅に戻ることにした。食料の他、潜伏用の黒い服を持ってアビルガードに向かう予定だ。そうすれば足が付くことはないだろう。


 東側の駅に向かう途中、レイヴンは自らを呼び止める声に振り向いた。


「レイヴンじゃない!久しぶりね!」

「…………ヒメタン?久しぶり」


 レイヴンは一瞬誰だか分からなかった。ヒメタンと会うのは卒業式以来2年ぶり。以前よりも身長も髪も伸び、制服を着た姿は女性らしさが見て取れる。だが性格は早々変わるものではないようだ。


「今の間は何よ?もしかして気づかなかったとかじゃないでしょーね」

「え、いや、前は男の子みたいなイメージ……」


 レイヴンはそこまで言って失言に気が付いた。

 学生時代のように怒りだす様子はないが、笑顔で近寄ってくるのが逆に怖い。

 ヒメタンが話しだす直前、二人の後方で腹を抱えて笑う男が現れた。


「トト!」

「よう、レイヴン。それにヒメタンも戻ってこれたんだな」


 グローリア勤務はナイトレイダーの出世街道。卒業時6位だったヒメタンは経験を積んで漸く地元に戻ってこれた。同じ勤務地であるがグローリアは広く、二人は久々の再会。だからといって感動の……となるわけではない。レイヴンに向けられていたヒメタンの視線は方向転換した。


「あんたは相変わらず口が悪いみたいね」

「まあな」


 トトは否定することもなく同意した。

 そういえばこいつはこんな奴だった。

 ヒメタンは自分を落ち着かせるように息を吐いた。


「そういえばレイヴンって左遷されたって聞いてたけど、噂って当てにならないのね。ともかく元気そうで何よりだわ」


 12歳の頃にレイヴンがスカウトされていった経緯を知っているトトはともかく、他の同期のレイヴンに対する認識はヒメタンと大差ない。トトは悔しさでそれを教えることはないし、グレイクが指示してレイヴンの情報を隠蔽しているので当然知る由もない。


「うん、まあ、色々あってね。ヒメタンこそ無事でよかったよ」


 ヒメタンがグローリアに戻ってこれたということはナイトレイダーとして成果を上げたということだ。地元だからと言って優遇されるほど甘くはない。そして成果とは魔導士を討伐したということだ。ヒメタンはその時の戦闘で先輩レイダーの死を乗り越え魔導士と戦った苦い経験があった。


 魔導士とレイダーの戦いは基本的に先手を取った方が圧倒的に有利になる。それは1対1では不利な魔導士側であってもだ。


 ヒメタンはその当時の事をポツポツと話し始めた。


 ヒメタンが勤務していた砦は、その日長い時間豪雨に見舞われていた。空は荒れ雷が鳴り響く状況では、魔導士が空を飛んでやってくるとは考えられなかった。実際、彼らは空ではなく土の中に通路を作ってやってきた。普段であれば音や振動で気づいたであろう襲撃は、見事にレイダーたちの不意を突いた。


 魔導士たちは地上に姿を現すと数人がかりで一気に砦全体を埋没させ、溜めておいた雨を流し込んだ。突然の事に対応できず、就寝中の者を含めて多くのレイダーがその時点で死亡した。魔導士が操る水流によって力を発揮できずに溺死してしまったのだ。


 その晩、砦の最上階で見張りをしていたヒメタンは沈没していく途中で先輩レイダーに放り投げられて助かった。その後も砦から必死に飛び出してくるレイダーを狙い撃ちする魔導士に怯えて動けず、瓦礫に隠れてやり過ごしていた。ヒメタンが討伐できたのは、最後まで残っていた若い魔導士が、一人これまでの恨みを晴らすように執拗にレイダーを叩きのめしていたところを強襲できたからだった。


 その後即座に現場を脱出。ヒメタンは魔導士の新たな戦法を知らせたとして評価されることになる。


 これまでプライドの高い魔導士が泥だらけになりながら戦いを仕掛けてくるとは考えられていなかった。だが大本営発表とは異なる現場を知る魔導士たちの危機感は強い。彼らはレイダーの恐ろしさを知り、必死の形相で向かってくる。優雅にワイングラスを揺らしている貴族とは覚悟が違うのだ。


「その後、近くの砦まで必死に走ってザイドロフ副司令に報告したの。それで功績を認められたのね……」


 ヒメタンは自分の未熟さを思い知り、仲間を失った喪失感を味わった。これまで通りの子供ではいられないのは当然だった。


「そうなんだ、大変だったね……」


 レイヴンはヒメタンの気持ちが少しだけ理解できた。自分の経験とは違うが、辛い経験だったであろうことは分かる。前線で戦う仲間同士しか分からないシンパシーを感じていた。


「……そういえばザイドロフ副司令ってどんな感じの人だった?」


 レイヴンは先程出会ったばかりの副司令のことが気になっていた。


「どうって言われても、その時しか会ったことないからよくわからないけど、優しそうな印象だった……かな?」

「俺は交代要員で前線に行った時に話しかけられたけど、胡散臭そうな笑顔だなって思ったぜ」

「ひねくれ者のトトがそう言うなら、私の見立ては間違っていないかもね」


 レイヴンは思わず苦笑いし、トトは悔しそうな視線をヒメタンに向けた。ヒメタンはやり返せて満足そうだ。同期たちが楽しく会話をしていると20人ほどの一団が通りかかった。そしてわざわざ3人に聞こえるように大声を出して進んでいく。


「レイダーの特権を今すぐ排除せよー。不公平を許すなー」


 先頭の者に続いて何度も繰り返すシュプレヒコール。レイヴンとヒメタンは制服を着ているのでレイダーであることは一目瞭然。例え彼らが若いレイダーであっても攻撃対象に変わりないようだ。苦々しく下を向く二人と違って、トトは馬鹿にしたような視線を向けていた。


「ああいう奴に限って、攻め込まれたらナイトレイダーに助けてくれーって(すが)りつくんだぜ」


 そして失笑しながら続けた。


「ああいうのを平和ボケっていうんだ。ここが安全だと勘違いしてやがる」


 こういう時、トトの存在は心強い。周りの住民たちも拍手して同意を示してくれている。行進していた一団は逃げるように去っていった。3人は目立ち過ぎてしまったので解散する事にした。すると最後に、とヒメタンが恐る恐る話しだした。


「二人共……エッジのこと聞いてる?故郷のバレロで常駐警備をしてるって手紙に書いてあったんだけど、最近全然返事がなくて……行方不明になったかもって。死……んでいたらきちんと報告されるはずでしょ?それがないってことは――」


 エッジが死んだかもしれない。

 その言葉にレイヴンの表情は固まった。

 彼と別れてからもう7年が経った。

 はっきりと覚えていた顔は涙を流した時のように霞んで思い浮かぶ。

 だが誰よりも強くなるという誓いを忘れたことはない。

 心を塞いでいた時だってそうだった。


 そんなレイヴンの思考を遮ったのトトだった。


「おい、やめろ。レイヴンはこれから任務に向かうんだ。余計な事を考えさせるな」


「あ、うん。ごめんね、レイヴン。今のは忘れて……まだそうと決まった訳じゃないから」


 レイヴンがグローリアにいるということは司令部で任務を受けたと言う事。それを理解していたからこそのトトの気づかいだった。


 ヒメタンの謝罪にレイヴンは問題ないよと答えた。


「それじゃあ、そろそろ行くから」


 レイヴンは僅かに残っていた動揺を見せることなく駅に向かっていった。


「あいつ……強くなったな。肉体だけじゃなく精神面でも。また戦ってみたいぜ」

「うん、強くなったね……」


 戦いを前に迷いを持つことの怖さはヒメタンだって知っている。それだけに申し訳なさでいっぱいだった。そのためヒメタンは生返事をするだけで、トトが歪んだ笑みを浮かべているのに気づかなかった。

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