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38話 それでも前を向く

 

 ツヅミに戻ってきたレイヴンは表向き普段通りに過ごしていた。


 巡回警備はきっちりこなすし、トレーニングも欠かさない。

 グレイクの計らいで優先的に任務に送られて緊張感のある時間が増えた。

 生き残るためには戦闘中に余計な思考を持ってはいけない。

 悩む間もないほどの忙しさがレイヴンの体力を奪っていく。

 疲れ切った体を休めるように睡眠時間も増えた。

 だがそれは心まで癒してくれない。


 不意に思い出す。

 暖かかった少女が冷たくなっていく様を。

 そして自分が何度も殺していった魔導士たちの感触を。


「人間ってあんなに脆かったんだ……」


 レイヴンの攻撃が軽く触れただけで肉体はひどく損傷し、脳が爆ぜてしまう。

 そして壊れた人形のように動かなくなる。

 接近すれば自分よりも大きな魔導士すら圧倒できた。

 レイヴンの隠密性能があれば、気づかれずに近づくなど造作もない事。

 訓練学校で年下と戦う方がよっぽど苦しかった。


 逃げ帰った魔導士の報告により、魔法王国ゴアでも黒く輝く戦士の存在は知られるようになっていた。それによってゴアは小部隊による短距離移動での空爆を停止。空爆自体の頻度も目に見えて減っていった。


 グレイクはこれをレイヴンの手柄だと高く評価。

 表だって表彰することはないが、レイヴンの実力は認められていく。


 だがレイヴンの気持ちを分かってくれる仲間はいない。

 同年代の仲間たちはまだ見習いのため、魔導士と出会うことすらしていない。


 たった一人でツヅミに赴任しているレイヴンが会うのは、任務の合間に様子を見に来てくれる上司のカーラとフランクのみ。レイヴンは彼らに弱みを見せることを拒んだ。


 そうしてレイヴンは仕事以外では外出せずに塞ぎ込んでいった。


 そんな中、同居しているナナの存在は大きかった。

 ナナはレイヴンの変化に気づいていたが、優しく寄り添うだけ。

 上からでも横からでもない、後ろから暖かく見守ってくれる存在。

 レイヴンにはそれが心地よかった。

 手配したベッドは組み立てられたまま使われることなく、いつのまにか埃を被っていた。


 …………


 雪化粧をしていた山が素肌を晒し始めるとレイヴンの心は徐々に晴れてきていた。


 穏やかな日差しの下でナナが洗濯ものを干していると、玄関からレイヴンが顔を出す。


 ナナは近寄ってくるレイヴンを思わず凝視した。

 既に巡廻もトレーニングも終えており、外出の予定はない。

 それなのに外に出るのは珍しいことだった。


「ナナ、ちょっと出掛けない?」


 外出の誘いなど初めてだった。

 ナナは普段よりも機敏になって作業を終わらせ、スタスタと屋内に戻っていく。


「お弁当を準備してきます」


 レイヴンが苦笑いして呼び止める。


「そんな遠出するわけじゃないから」


 そうして二人は町をぐるりと回ることにした。

 ゆっくりと町で働く人々を見ながら進んでいく。


 それまでのレイヴンは迷っていた。

 自分は何故戦うのだろう。

 何故魔導士を殺さなくてはならないのか。

 それがナイトレイダーとしての仕事だということは分かる。

 力がある者が無い者を守る。それも頭では理解できる。

 だが心はそれを許してくれなかった。


 レイヴンは強者で、魔導士は弱者。

 にも関わらず、強者である自分が圧倒的な力で弱者を殺していく。

 正面から挑んで、苦戦するような戦いをしていたら違っていたかもしれない。

 だが自分の特性故にそうはならなかった。


 戦うたびに思う。何故戦わなければならないのかと。

 それでも戦わなければ自分が仲間が死んでしまう。

 物心がついてからの半分以上の人生をレイダーとして過ごしてきた。

 そんなレイヴンにGAを脱出して生きていくなんて選択肢は存在しない。


 結局レイヴンには戦うための信念などないのだ。

 戦い続け、命を奪うことに慣れていく。

 何のために戦うかなんて答えは出ていない。


 それでも前を向いて歩きだす。

 自分のことを守ってくれたナナにこれ以上心配をかけたくない。

 ただそれだけだった。

 そしてこれまでの感謝を伝えたかった。


「ナナ、どれがいい」


 二人はアクセサリ店に寄っていた。

 ナナは黒いネックレスを手に取る。

 そのネックレスの輝きはまるでレイヴンの鎧のようだった。


「おっ、レイヴン。恋人にプレゼントかい、やるねぇ」


 レイヴンはナナと揃って出かけることなど無かったので勘違いされていた。庶民に比べてナイトレイダーの給料はいいので、お金で恋人にしたのだと思っているのだろう。珍しくムッとしたレイヴンが口を開く前に、ナナが一歩二歩と前に出た。


「私は恋人ではありません、母です」

「お、おおう」


 店主はナナの迫力に気圧された。

 レイヴンは思わず声を出して笑い出す。

 そして気づいた。こんなたわいもない日常が大事な物だったのだと。


「……ありがとう、ナナ」

「問題ありません。母ですから」

 

 買い物を終えたレイヴンはゆっくり町を巡っていく。

 こんな時間が続けばいいのにと思いながら。

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