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30話 圧勝

 

 トトとゲイツの戦いを見ていたラングは驚きを隠せなかった。


 確かにトトは改造手術前から才能があった。

 それでも自分たちだって必死にやってきたはずだ。

 それなのにゲイツは圧倒されてしまった。


 しかも自分の相手はトトよりも成績の良かった男だという。

 2歳年下のためにほとんどの観客は自分の勝利を疑わない。

 その事実がラングを追い詰めて行く。

 ラングの頬を冷たい汗が流れ落ちた。


「こうなったら手段は選べねえ……」


 ラングはこそこそと仲間に伝言と金を渡すと観衆の中を消えて行った。


 ……


「え~、会場の皆様にお知らせがあります」


 どよめきが止まない中、試合会場ではイベントの運営責任者が連絡事項を伝え始めた。


「ラング選手は体調不良により棄権となりました」


 その知らせに怒号が飛び交った。


「おい、ふざけんな!」

「いいから試合を見せろ!」


 だがそれも想定内のこと。ニヤッと笑って続きを話しだす。


「ですがご安心下さい!代わりに特別ゲストを用意させていただきました。それでは両選手の入場です!」


 合図とともに両サイドから入場していく。

 レイヴンは突然の選手交代に驚いたものの、特に異を唱える事は無い。

 文句を言うのは試合を終えたばかりのトトだ。


「チッ、あの野郎。わざと観客を煽りやがって。あれじゃあ文句の一つも言えないぜ」

「まあでも、面白くなったんじゃない?」


 他人事のように気にするそぶりを見せないレイヴンを見て、トトは神経質になった自分が馬鹿馬鹿しく思えて笑いだした。


 試合会場に上がったレイヴンは対戦相手を凝視する。

 身長は190cmはあろうかという巨漢の男・キオン。

 元々の相手であるラングは170cmであったことから、観客はさらにレイヴンの対戦相手に賭けていった。


 キオンは得意満面な笑みを浮かべてレイヴンを見下ろした。


「悪いな坊主、これも仕事でな」


 悪いなどとは全く感じていない笑顔を向けてくる。


「別にどっちが相手でもいい……同じことだし」


 共にいた期間が長いせいでレイヴンはトトの挑発を真似れるようになっていた。

 そして予想以上の反応を見せるキオン。

 目を充血させ、血管が浮き上がってくる。


「クソ餓鬼がっ!」

「単細胞」


 試合開始のゴングと同時にキオンは自慢の肉体を金属化させる。

 自分の肉体の素晴らしさを観客にこれでもかと見せつけるようにポージング。


 だがキオンに視線を向ける者は皆無だった。


 通常のレイダーのような鉄色ではなく、黒く変色していくレイヴンの体。

 それは見る者を魅了し畏怖させた。

 ムキムキになったキオンとは反対に、スラッした体形のレイヴン。

 肉体を変形させて突起物で攻撃しようなどとは微塵も想定していない。

 速さを追及した洗練されたフォーム。

 そして漆黒の輝きが機能美を際立たせ、人々の目を集めた。


 道化になっていると感じたキオンは突撃を開始。


「おらぁ!!」


 それを難なく躱して後ろを取るレイヴン。

 キオンはレイヴンの動きに全くついていけない。

 2人の教師はそれを驚くことなく見つめていた。


「遅いな。あれではレイヴンに付いてこれん」

 イオスの呟きにルウも頷く。


「ですね。あのスピードがまた厄介で……」

 散々苦労させられた経験が頭をよぎって、ルウは苦々しい顔になっていた。



 レイヴンの攻撃は着実にキオンを捉える。


「(流石にこの巨体を一撃……というわけにはいかないか)」


 レイヴンはキオンを翻弄していた。

 キオンは速さに付いていけず、攻撃を貰うたびに顔を歪めている。

 ダメージは着実に蓄積していた。


 キオンは決して弱いレイダーではない。

 魔導士の討伐記録もあるし、経験もレイヴンに比べれば遥かに上。


 スピードよりもパワーを重視したフォームは、古くからのナイトレイダーとしては珍しい対人戦に強いタイプだ。それでも自分よりも小さなレイヴンに手玉に取られていた。


 このままではジリ貧だ。

 レイヴンの強さを認めたキオンは奇策にでる。

 どこから来るか分からないなら、攻撃を限定してやればいい。

 キオンは思いっきり息を吸い込んだ。


「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 その気迫に押されてレイヴンは一瞬攻撃を躊躇した。

 そのまま攻撃を続けるのは良くないと感じて、仕切り直そうと一旦後退する。


「かかって来いや、おらぁ!!」


 そういってキオンは半身になって自らの腹を指さす。

 そして両手を頭上で結んで待ち構えた。

 レイヴンが倒しきれなければキオンの重い一撃を食らうという訳だ。


 会場はこれまでにない盛り上がりを見せる。

 正に試合はクライマックス。

 最後の攻防を迎えようとしていた。


「腹打て、腹!」

「キオン踏ん張れよ!!」

「逃げるんじゃねえぞ、ちっこいの!!」


 観客、主にキオンの勝利を予想した人々から怒声が飛んでくる。

 それに乗っかる形で会場中から声援が飛び交う。

 これではレイヴンも誘いに乗るしかないと覚悟を決める。

 だがレイヴンには敵の策を打ち破る自信で溢れていた。


「(こんな戦い方もあるのか……。なるほどね)」


 ぴょんぴょんと軽くジャンプしたレイヴンは着地と同時に突進を開始。

 キオンはニヤリと笑った。

 そこにはもう対戦前に侮っていた面影は一切ない。

 レイヴンをライバルと認め、全力で迎え撃つのみ。


「いい度胸だ、小僧!!」


 ここでレイヴンはこの試合最速で迫る。


「なっ?!まだ早くなるのか!!」


 虚を突かれたキオンは初動が遅れた。

 レイヴンはキオンの腹を射程内に捉えると左拳を突き刺す。

 さらに右、左と連打を繰り返して、エビのように後方へ避難。

 力なく両拳を振り下ろしたキオンがそのまま倒れ込み、勝敗は決した。


 まさかまさかの圧勝劇。

 それも当事者はまだ12歳の少年である。

 その事実に観客たちは新たな英雄の誕生を予感した。


 興奮した観客が会場へとなだれ込んでいく。

 彼らはレイヴン抱え上げて胴上げを始めた。


「うわっ!危ない、危ないって!」


 そう言いつつもレイヴンは上機嫌だった。

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