3話 旅立ち①
レイヴンの朝は早い。
陽が上る前には起床して軽食を食べる。
それから近所の爺さんたちに読み書き、算数を教わりに行く。
仕事場に向かうのはそれからだ。
ジルの推薦があるからといって、5歳児を長時間働かせるわけにはいかない。本人にやる気があるとしてもだ。そこで大人たちはレイヴンに勉強を命じることにした。
文字を覚えれば仕事に使えるし、算数は出世のためにも必要だよ。
その言葉は大人たちが思ったよりもレイヴンの心に刺さった。心のどこかでジルと同じように鉱山の責任者になりたいと思っていたレイヴンは、それから爺さんの元へ行くようになり、毎日勉強していた。
魔導士の襲撃を受けた翌朝、レイヴンは昨晩お世話になった家庭で朝食をご馳走になった。遅くまで飲んでいたジルは起きる気配が一向にない。レイヴンは起こすのを早々に諦めて、いつものように爺さんの元へ向かっていた。
勉強会が中止になったことを思い出したのはそれからしばらくしてからだった。
「あっ、昨日の空爆のせいでなくなったんだ……」
レイヴンは昨日の家に戻ろうか、鉱山に向かおうか迷っていると郵便局員から声を掛けられた。
「君……ジルさんとこのレイヴン君だよね?はい、君宛の手紙だよ。おめでとう、君の活躍を楽しみにしてるよ」
「はあ、ありがとうございます……(おめでとう……ってなんだろう?)」
レイヴンは不思議に思いながら手紙を開封した。何やら立派な装飾の手紙だが、内容は全くといっていいほど読めない。まだ文字を習い始めたばかりということもあるが、なにやら格式ばった表現が多く、自分の名前以外に分かる部分がほとんどない。仕方なくジルの元に戻ることにした。
「やっぱり、まだ寝てる……」
レイヴンはジルの毛布を剥ぎ取って強引に起こした。
「……なんだ?もう朝か?」
「もう皆起きてるよ。はい、これ」
そういって水を差しだす。グイッと一飲み。
「くはー、生き返る。で、なんか用か?」
「これ読んで」
ジルは手紙を受け取って読み始めた。寝ぼけた表情が次第に引き締まっていく。
「なんて書いてるの?」
「ナイトレイダー適性検査合格通知」
「(適正検査?そんなの受けたっけ?)」
「要は、お前にナイトレイダーへの改造手術を受けさせるから、中央に来いってことだ。当然のことだが拒否権なんて無いぞ」
「へー」
「……お前、全然分かってないだろ。仕方ねえな。一度しか言わないからしっかりと聞いとけよ」
「うん」
それからジルはこの星の歴史について語りだした。
レイヴンたちが住む惑星アーレでは、人間は2種類に分かれている。魔法を使えるか否か、である。
魔法を使える人間は魔法王国ゴアを建国し、それ以来不思議な魔水晶を使って魔法を操り、魔法を使えない人間や獣人を支配してきた。魔水晶を使えるかどうかは遺伝し、後天的に資質を得る事は決してない。彼らは魔法を使えない人間たちと交配せずに遺伝子を独占し、2000年以上に渡って生態系の頂点に君臨してきた。それが惑星アーレの歴史である。
そんな状況から変化が起きたのは今から6年前のことだった。それまで支配されてきた人間たちは科学によって魔法に対抗しようと密かに研究を続けて来ていた。そのたびに研究成果を奪われるなど困難な道のりが続いていたが、それでも従順なふりをして力を蓄えていく。そんな折、彼らの居住地に巨大な物体が墜落してきたのだ。
それは異星人の宇宙船だった。
魔法王国ゴアは観測などせずに地表に降り注ぐ宇宙船をただの隕石だと考え、被害を受けた人々を見てあざ笑っていた。一方、宇宙船を発見した人々は歓喜した。これでゴアに対抗できるかもしれないと。
恐る恐る破損個所から船内に潜入を決意。中にいた宇宙人は既に全滅しており、船内を調べていくと驚愕する事ばかりだった。技術力に差があり過ぎて理解の範疇を越えているし、ボタンやレバーの類がないのでどうやって起動すればいいのか、さっぱりわからない。
唯一の収穫は人間を改造する装置の発見である。
その装置だけは他と構造が明らかに違っていた。見るからに怪しいボタンが存在し、試行錯誤を繰り返して起動に成功する。装置は自動で動きだし、人間に対して特殊な金属を身体に埋め込む手術が行われる装置であることが判明した。
改造された人間は、全身の肉体を金属に変化させる能力を得た。変身した姿は宇宙船の持ち主である金属生命体とそっくりであり、既存の金属よりも遥かに硬く、優れた身体能力を有するに至った。彼らは乗っていた宇宙人をメタリア人と名づけ、変身能力を金属化と呼んだ。
また、改造された人間をレイダーと呼び、後に魔法王国ゴアから守護する者としてナイトレイダーと改称した。
その後、数をそろえたナイトレイダーたちを中心に魔法王国ゴアへの反抗を開始すると、やがて北大陸にゴアの支配を押し返し、南大陸にグラン・アーレ(以後GAと略します)が建国された。
そしてGAでは、戦力の中心であったナイトレイダーたちが組織の中核となり、軍事政権は国家を成長、拡大させていった。