25話 不思議な肉体
洞窟付近で警戒態勢をとっていたルウに対して、ヒメタンは自分たちもレイヴンを探しに行くべきだとせっついていた。それでもルウは首を縦に振らない。他にも敵が潜んでいる可能性がある以上、迂闊に動き回る危険は冒せない。しびれを切らしたヒメタンは他の生徒の同意をとって圧力をかけようと試みていた。
「ねえ先生、絶対レイヴンを探しに行くべきだって!みんなもそう思うでしょ?!」
だがその問いかけに答える者は僅かだった。返事をしたのはアッシュとエッジだけ。他の生徒はボロボロになった5班の様子を見て怖気づいていた。
トトはレイヴンの事を信じている部分もあるし、戦いたい気持ちもある。それでも自分の状態を考えればこれ以上の無理はできないとの結論に至っていた。彼が本気だったらルウを無視してでも行くだろう。
そんなトトの顔がほころび、そして悔しそうな表情に変わっていった。
レイヴンの帰還である。
「みんな、ただいま」
レイヴンはイオスに背負われて戻って来たものの、疲れ切った表情とは裏腹に自信が垣間見えている。トトはそれを察してレイヴンの勝利を確信した。そしてイオスが持ってきた巨躯のヤヌヒこそレイヴンが倒した相手であることを理解すると、自分の獲物と比べて惨めな気持ちになっていった。
イオスは一旦レイヴンを降ろして生徒に集合をかける。
エッジとヒメタンは心配そうにレイヴンに駆け寄っていった。
「レイヴン、よく無事だったわね!」
「ぐぎゃああ!!」
軽く触れられただけの衝撃で倒れ込れそうになるレイヴンを見て、ヒメタンは申し訳なさそうな顔つきでエッジと共に左右から肩を貸しだした。
「ご、ごめんっ!」
「……レイヴン、そんなに痛むのか?」
「ちょっと無理しちゃって……」
ちょっと所ではないことは二人共理解していた。そしてレイヴンが心配をかけないようにしていることも。レイヴンの体は限界を越えて負荷をかけた影響で傷ついた見た目以上に疲弊していた。
「そんなに痛いなら痛そうな顔してればいいのに……、レイヴンも男の子だったのね!」
「ははっ(ヒメタンは僕の事なんだと思ってたんだろう)」
苦笑いで返すレイヴンであったが、こんなバカ話が嬉しかった。つい先程までは死の恐怖と戦っていたのだ。安心して力が抜けるのも仕方のない事だった。
そんな3人に割って入るように、イオスが大きな声で生徒たちに指示を出し始めていた。
「さあ、これから撤収するぞ!5班の荷物はみんなで持ってやれ」
サバイバル訓練はここで中止となった。
今回は生徒の頑張りで危機を回避できたが、本来であれば鉄獣の討伐は正式にナイトレイダーとなってから挑むような任務である。そんな敵が襲ってくるかもしれない恐怖の中で授業などしても、頭に入ってくるはずがない。
そしてイオスは今回襲撃して来た10匹のヤヌヒを分担して運ばせる事にした。このまま放置すれば再び他の獣が食べてしまい、別の鉄獣が生まれる可能性もあるので回収しなければならないのだ。イオス自身は広い背中で再びレイヴンを背負う。
嵐が去りすっかり晴れ渡った空の下、生徒たちはグローリアに戻っていった。
それから1週間が経過した。
レイヴンは戻ってきた当初こそ、新聞記者に囲まれるアクシデントがあったものの、現在は穏やかに過ごしていた……というよりむしろ穏やか過ぎて暇を持て余していた。グローリアに戻ってきた5班は病院に直行。怪我の治療や検査を受けるとそのまま一泊して退院した。ただ一人レイヴンを残して。
擦り傷や打撲が中心だった他の生徒とは違い、レイヴンの僧帽筋には牙が深く刺さった影響で2つの大きな穴があいていた。長期間の治療を余儀なくされたのも仕方ない事だろう。
「暇だ……」
そう言って教養の教科書を捲りながらも、レイヴンは別の事を考えていた。
回復を求めている自分の体とは正反対にレイヴンの精神はトレーニングを求めていた。戦いの時に限界を越えて酷使した体は確かに疲弊していたが、同時にもう一度あの時のように動きたい、もっと強くなれるのではないかという気持ちが沸いてきていたのだ。
レイヴンが眠る病室から少し離れた一室では、レイダー改造手術の責任者クンド・サハルが総司令グレイク・マッダスに説明を行っていた。病院関係者でない彼らがいるのは当然レイヴンに関係するからである。
「それではこちらをご覧ください」
そういって写真を壁に貼り付けていく。
「こちらは彼が戻ってきた当初の外傷の写真ですねぇ。次にこれが今日の午前中に撮った写真……」
2つの写真を見比べてグレイクは驚愕していた。体中に切り傷がつき、大きな穴が目立つ1枚目の写真に比べて、2枚目の写真はなんと綺麗な体をしていることか。死線を越えて戦ってきた体とはとても思えない。
「博士……これはどういうことだ?レイダーの体は頑丈にできているが、傷が治るなんて聞いた事がないぞ」
クンド博士は両手をクルクル回して、お手上げの意を示した。
「さっぱりですねぇ。過去にもこんな事例はありませんし、実験させてもらえれば何か判明するかもしれませんが……」
期待するような視線を向けるクンドの提案をグレイクは一蹴。
「駄目だ」
そして文句を言う隙を与えないように話しを続けた。
「これはあの黒い金属によるものか?あるいは彼の体が元々特異なのか……、レイヴン・ソルバーノは鉱山で育ったと報告にあった。それならば怪我の一つや二つあったとしてもおかしくないはずだ」
「それにつきましては彼の育ての親に既に連絡を出したので、もうじき戻ってくるでしょう。ですがジル・ソルバーノですか?彼の人物評を聞く限りはあまり信用がならない気がしますがねぇ」
「ううむ」
グレイクは改造手術時にレイヴンを見てから、彼の生まれ育ちについて部下に調査させていた。レイヴンは両親不明の孤児で、最低限の仕事はするがチャランポランな男に育てられた。そういった報告がされていたため、ジルに対する信用は限りなく小さかった。
その評価は概ね当たっていたが、ジルなりに愛情を持ってレイヴンに接していたことは確かである。ただ1日中面倒を見ていたわけではないので今回の質問には答えられず、ジルの評価が改められることにはならないだろう。
「……その話はひとまず置いておくとしてだ。どの程度の回復力だったのだ?回復に至った正確な時間は?」
「それがですねぇ……包帯を取り替えていた看護士によると毎日少しづつ治っていったとしか報告がされていないのですよ」
「大した仕事ぶりだな」
グレイクは病院に圧力をかけて改善するさせる必要があるなと思いつつ、再びクンドに向き直った。
「だがそれでレイヴンの価値が下がったとは思わん」
「ええ、その通りです。戦場ですぐに回復せずとも、これだけの傷がわずか1週間で元に戻るのです。戦士としての価値は計り知れません」
「…………」
グレイクが言いたいのはそういうことではない。総司令という重要な役職である以上好き勝手なことばかり言えないが、少し感傷的になって最強のレイダーという浪漫を追い求めたくなっていた。
自ら戦場に立つことのなくなったグレイクにとって、レイヴンは自分の代わりにそれを体現して夢を見させてくれる存在であり、その想いは戦力になることとは別に大きくなっていった。




