2話 魔導士 対 町
ジルは接近する魔導士に対応しようと、次々と指示を出していった。
「常駐のレイダーはどうしてる?」
「二日酔いで寝込んでる」
「くそっ!今すぐたたき起こせ!いないよりマシだ!」
「それと倉庫から小銃を持って来い!」
「ジル、まさかそれで戦うつもりか?銃なんかで魔導士を倒せるわけがない!」
「いいからやるんだよ!反撃しなけりゃ、奴らは何回だって飛んでくるぞ」
「わ、わかった」
それが嫌ならやるしかない。航空戦力はまだ開発されていない時代だ。魔法で風を操り、空から爆撃してくる魔導士を地上から撃ち落とすのは困難を極めた。何しろ風のバリアで銃弾は魔導士を避けてしまうのだから。だが風魔法を使っている間は、魔導士も他の魔法を使えない。そのため倒せなくても攻撃を続ける意味はある。
ジルはレイヴンにも避難するように指示した。
「レイヴン、よく見つけてくれた。助かったぞ。さあ、お前も中に隠れてろ」
「……うん!」
レイヴンは元気よく返事すると、軽やかに岩山を跳ねて防空壕に入っていった。
「ハハッ、たいしたもんだな。さてと……お前ら、準備は出来てるな?」
「おうっ!」
空爆は4年ぶりのことだった。レイヴンがまだ1歳の頃で、実際に経験するのは初めて。それにも関わらず轟音響く防空壕の中で、恐怖ではなく満足感を覚えていた。仕事終わりのお疲れ様、とは違う大人からの感謝の言葉。レイヴンは自分も一人前に近づいているようで誇らしかった。
防空壕の外では、魔導士に向けて絶え間なく銃撃が繰り返されていた。鉱山からだけでなく、町のいたる所から発砲だ。魔導士たちは住民総出の攻撃をあざ笑うように低空飛行で中心部に近づいていく。
「あいつら、舐めやがって!」
「くそっ!なんでこんな辺境にまで入って来てるんだ?!」
「いいからどんどん撃ちまくれ!」
どれだけ撃っても当たらない。やがて魔導士たちは爆弾を投下して急上昇を始める。その直後、ドカーンドカーンと市街地で連続して爆発が起きて、付近の家屋は吹き飛ばされてしまった。
ジルは市街地に救助隊を送るように指示。一方で第2波の警戒も忘れない。レイヴンは当然留守番だ。いくら普段大人と一緒に仕事しているとはいえ、危険地帯に送りだすほど愚かではない。
それからどれだけの時間が経っただろうか。魔導士が再びやってくる事はなかった。
「……どうやら1回だけのようだな。……よしっ!どうせもう仕事になんねえだろ?今日はあがって家族の無事を確認してこい。そんで大丈夫なら困ってる奴を助けてやれ」
「「「おうっ」」」
鉱山衆はぞろぞろと山を下っていった。ジルも現場を離れてレイヴンの元に急ぐ。防空壕の中で小さくなって眠っているレイヴンを発見して、ジルは思わず笑い出した。
「これだけの騒ぎの中で眠るなんて、ただの馬鹿か大物か。どっちにしろ楽しみじゃねえか、なあ、おい」
ジルはレイヴンを起こし、山を下りて行った。
それから十数分後、彼らが目にしたのは跡形もなく破壊された自宅だった。
「なんてこった……直撃を受けたのは俺ん家かよ……ボロボロじゃねえか、おい」
「……元々ボロボロだったけどね」
「いいか、レイヴン覚えておけよ。人生、立ち上がることだけは忘れちゃいけねえ。どんなにつらい事があっても、前を向いて立ち上がらなきゃなんねえんだ。それが生きるってことさ。……やっべえ、つい、良いこと言っちまったぜ」
「うん、そうだね。でも僕は大事な物は、いつも持ち歩いてるから大丈夫だよ。ジルは?」
レイヴンはそういって首から下げたバッグを手に取った。中には溜めこんだ小銭と非常用の少し湿ったクッキーが入っている。
「……俺は宵越しの金は持たねえ主義だから問題ねえな。ってことはだ。俺たちは立ち上がる以前に、座り込んだりすらしてねえわけだ。ハハッ」
二人して笑いあっていると、鉱山の仲間たちがやってきた。
「困ってるやつを探してるんだけど、なんか大丈夫そうっすね」
「馬鹿言え。こんなに可哀想な男たちを見捨てるんじゃねえよ」
二人はこの後、仲間の家に招待されて一晩を明かした。