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19話 苦い記憶

 

 教室では予備の服に着替え終えたイオスが涙目のルウに代わって授業を再開した。


「これから金属化した時に自分がどんな姿になりたいかを実際に描いてもらう。あくまで仮のイメージだから難しく考えなくていい。だけど隠したい所はちゃんと隠せよ」


 ということでお絵描きタイム開始。皆が頭を捻りながら考える中、獣人のロコニャンとニコミァンは太い指を器用に使って自分の姿そっくりに形作っていく。ただし絵ではなく粘土でだが。教師陣はそれを咎めることなく作業を進めさせた。


「器用だな、ロコニャン。だが今の姿と変わりがないぞ?どういう風に考えてるんだ?」

「僕は元々もじゃもじゃだから隠す必要なんてないんだ。自分の体毛の一本一本を固くするイメージなんだ」

「私もなのよ~」


 隣のニコミァンも同意した。


「なるほど。イメージは難しいがそれができれば攻撃にも防御にも使えそうだな」


 他の生徒たちも徐々に描き始めている。形状として多いのは手足の先端に突起物を付けて刺す構造だろうか。子供の体格では一撃の重さは増えにくいので裂傷によるダメージを狙っているのだろう。


 他には頭部に出っ張りを造って、ロケットのように頭から魔導士に突っ込むことを考えている生徒もいた。目で敵を確認できないのが弱点だが、アイデア自体は面白い。


 さてさてレイヴンはというと、画用紙に自分の背中から羽が生えてくる姿を描いていた。


「ふむふむ、なるほどね。空を飛べたらレイダーとしては第1号だね」

「はいっ!」


 鳥みたいに高く飛んでみたい、それは子供の頃からの夢だった。周りの生徒が呆れた視線を向ける一方で、イオスは真剣な顔つきで考え始めた。


「人間の体重で空を飛ぼうとしたら相当大きな羽じゃないと駄目じゃないか?鳥は羽を広げた時に自分の体より2倍以上も広くなる。となると、仮に羽を形作れたとしてもメタリアルが少なすぎてレイダーとしての強度、硬度を維持するのは難しいな。レイヴン、今はとりあえず自分の体周りのことだけを描いておけ」


「……はい」


 がっくりするレイヴンを励ますようにイオスはクラス全体に語り掛けた。


「羽ってのは確かに突拍子もないが考え方としては面白いぞ。皆も否定から入るんじゃなく色々アイデアをだしてみろ。戦い方もどんどん変わっていくし、ちょっとしたことが生死を分けることだってあるんだからな」

「はいっ!」


 レイダーの鎧はただの防具ではない。形状によっては風を味方にし、自分の実力以上を引きだしてくれる。逆に風の抵抗をまともに受ければ逆境に追い込まれてしまう諸刃の剣とも成り得る。


 さらに体の成長に伴って戦い方も変わるので、ずっと同じ形状という訳にはいかない。常に頭の片隅に置いてアップデートする必要がある。ただ魔導士対策を考えればスピードを追求した形状になるのが一般的だ。


 とはいっても生徒たちはまだ6~7歳の少年少女。彼らのこだわりは顔面部分の形状だ。ヒーロー番組のような娯楽はないが、政府が出資して書かせた架空のレイダーたちが活躍する新聞小説からイメージを膨らませていた。生徒たちが尚も妄想力を働かせていると、窓の外からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


 窓側の生徒たちが思わず外を見た。そして嫌な事を思い出したようにどんよりとした表情になって作業に戻っていく。その様子にレイヴンは不安を感じつつもひと目見ずにはいられなかった。


「(子供の声?)」


 レイヴンは窓の外を見て理解した。悲鳴が漏れてくる建物は、約1年前に自分たちがレイダーになる際に、体の変化に耐えていた地下隔離棟の方向だった。


「(というかこんなに声が漏れてたの?それに新入生が入学してくるには早くない?)」


 その問いにはイオスが答えてくれた。


「前回の反省を踏まえて準備ができ次第順次レイダー改造手術をうけさせる方針になったんだ」


 これは1期生の反省を受けて組み直された通常通りのカリキュラムだ。レイヴン達の代では改造手術後のリハビリを含めて生徒たちによって差が出てしまい、その後の教育度合いにズレが出てしまった。それを改善するために予め手術を受けさせて、リハビリも済ませてから入学する段取りに変更されていた。


 ただレイヴンは遅れた分を取り戻すように必死になって訓練に励んだ結果、クラスでも上位の成績を取る事が出来たし、エッジと友情を育む時間になった。そういった可能性を捨て去るのはどうかとの意見もあったが、逆に後れを取り戻せずに落ちこぼれてしまう危険も指摘され、結局は教育のしやすさの観点からスタート地点を揃えることになった。


 これにはちゃんと利点もある。レイヴンのように遠方からきた生徒が、グローリアの環境に馴染むのに必要な時間が確保されるようになったのだ。1年生の学校と新しい生活、二つの環境に同時に慣れなければならなかったので、その分生徒の負担になっていると考えられていた。それをなくすための措置でもあった。


 だがこの先暫くの間、叫び声を聞かされ続ける生徒たちはたまったものではない。この決定をした上層部は完全にこの問題を失念していた。


「ってことは、この声が続くってことですか!?」


 これにはイオスも押し黙って考え込んだ。流石にこの状況で授業に集中させるのは無理だと察したのだ。


「上に色々と打診してみる」


 そういって授業を終わらせることしかできなかった。イオスとルウの上申により、その日の内に今後の授業内容の変更が通達された。それは初めてグローリアから離れた場所で行われる授業で、野外でのサバイバル訓練が実施されることが決まったのだった。


 これには生徒たちも大喜び。だがレイヴンは忘れていた。学校まで悲鳴が届くと言う事は寮にも聞こえると言う事を。結局レイヴンたち寮生は寝不足のまま翌日を迎えることになった。

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