14話 友の助け
補習を言い渡されてから3日後、レイヴンはまだ課題をクリアできないでいた。これ以上のリハビリは必要ないと判断され元の暮らしに戻っていく生徒もいる中で放課後も訓練に励んでいた。
レイヴンは靴を壊してしまったので裸足で訓練中。もう一足を壊してしまうと外を出歩く靴がなくなってしまうからだ。小石を踏もうが画鋲に刺さろうがチクっと感じるだけなので訓練するだけならば問題ない。戦闘中ともなれば足も金属化するので、裸足で戦うレイダーもいるくらい。
そんなレイダ―たちも普段の生活では特殊なゴム製の靴を履いている。平時の金属化は認められていないためだ。裸足で生活するような野蛮人とは思われたくないだろう。勿論、ゴムの力を借りずとも衝撃を抑えて走ることはできるが、そもそも普通の靴ではレイダーの衝撃に耐える事は難しいのだ。
というわけで現在レイヴンの靴は修理中、というより改良中だ。レイダー訓練生とはいえ、給料はでるのでお金の心配はない。
そんな理由で裸足で訓練中のレイヴンだが一人きりというわけではなかった。
「1人じゃつまんないだろ?」と言ってエッジも初日から自主的に参加していた。その言葉通りの意味だけでなく、レイヴンのポテンシャルを見て負けたくないと思ったことは間違いないだろう。
それに加えて2日目からもう一人加わっていた。
同級生の女の子、ヒメタン・トローメだ。クラスには4人の女子生徒がいるが、その内の1人は獣人で同族の男子と毛づくろいしていて近寄りづらい。残りの3人は教室でも一緒にいるが、中でも活発なのがヒメタンだった。
「ねえねえ、エッジ君。今度は私と走ろ?」
などと言って積極的にアピールしている。GAの女性は気が強く、意見をはっきり言う傾向がある。レイダーになろうとする者ならそれは顕著になる。そうでなくとも男性は兵役で留守になることも多いので、その分女性は家を守る意識が強くなる。ヒメタンの父親は兵士として戦って死んでしまい、気の強い母親に育てられた事で母親そっくりに成長していた。
「今はレイヴンが課題をクリアするほうが大事だから……」
普段は強気なエッジも押しの強いヒメタンの前ではやや弱腰で断り続ける。エッジとしてはレイヴンと男同士仲良くやりたい気持ちのほうが強かった。となると、ヒメタンはついレイヴンに当たってしまう。
「ちょっとレイヴン、しっかりしなさいよね!」
理不尽に攻められてレイヴンはタジタジになる。なにしろ同年代の女の子と話すことなどこれまで一度もなかったのだ。緊張するのも仕方がない。そんなレイヴンを見てエッジは何やら思いついたようだ。
「レイヴンは速さは問題ないよね。だから後は静かに走ればいいんだけど……この中で一番うまいのはヒメタンでしょ。一緒に走ってあげれば?」
エッジにそう言われればヒメタンとしては走るしかない。レイヴンと並んで走りだした。ちなみに現在教師陣はいない自主練中なので土のコースは使用不可。走り終わってヒメタンが一言。
「横目でチラチラ見ないでよ。気が散るんだから」
というわけで今度は縦に並んでスタート。レイヴンはヒメタンの走りに何かヒントになりそうなことを感じていたが、それが何かまでは分からなかった。
「どうだった、レイヴン?」
「うーん、なんとなくは分かる気がするんだけど……」
「ヒメタン、何か気を付けてることってないの?」
「えっ、そう言われても……丁寧に走ろうと思ってるだけだよ」
その言葉にレイヴンは思い当たりがあった。
(丁寧?丁寧、丁寧、丁寧……そうだ!)
レイヴンが思い出したのはジルのことだった。
ジルは責任者なのに仕事をさぼることがよくあった。だが1日のノルマはあるので、後から急いでやらなければならない。そんな時によく言っていた言葉があった。
「こういう時は急いじゃダメなんだぜ。ゆっくり早くやるんだ」
レイヴンはその矛盾した言葉の意味が分からなかった。ゆっくりなのに早くとはどういう意味なのだろうか?と。それを今、ヒメタンの言葉で理解した気がした。
「(そうだ。ジルはどんなに時間がなくても丁寧にやってた。そしたら結果的に仕事も早く終わって飲みに行って……。それを走りで考えるとしたら?走るってのはものすごく急いでいるように見えるけど、一つ一つの動作を丁寧にやってみよう。バッて踏み出すんじゃなくて5本の指で順番に踏み切ってみようか。それに着地のときの重心も……前かな?後ろかな?色々ためしてやってみよう)」
エッジには考え込むレイヴンが何かを閃いているように見えた。普段はとぼけた顔をしているレイヴンが何やら自信ありげに感じたのだ。
「何か思いついた?」
「分かる?」
レイヴンが少し得意気に答えると、疎外感を感じたヒメタンが焦ったように会話に乱入した。
「ちょっと何よ!私にも教えなさいよ」
「うん、じゃあ、もいっかい走ろうか」
「何でよ?」
「ちょっと試してみたいんだ」
そうして再び走りだした。自信満々なレイヴンを見て、これは何かあるなと感じたヒメタンは後ろからついて行く事にした。
「すごい静かになってる……それに前より早い?」
走り終わった2人にエッジが寄ってきた。
「すごいよ、レイヴン。全然違った。それにヒメタンも今までで一番早かったんじゃない?」
エッジに言われたようにレイヴン自身にも手ごたえがあった。ヒメタンもレイヴンに引っ張られて、これまでにないほど良い走りできていた。
「(やった、やった、やったー)」
そして思わず、ヒメタンの手を取ってしまった。
「ありがとう、ヒメタン。おかげでなんとかなりそうだよ」
「フンっ。私のおかげなんだから、どうやったか教えなさいよ」
「うん。もちろんだよ」
それから3人は暗くなるまで試行錯誤を繰り返した。
翌日、イオスの前で走りを披露すると合格とエッジたち訓練生が寝泊まりする寮に移る許可をもらった。




