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123話 飛び立つ翼

 

 レイヴンは大空を飛んでいた。


 背中から翼を広げ、風に身を任せる。何度も地面叩きつけられながらも繰り返し、ようやく長時間の滞空に耐えられるようになった。メタリアルが少しづつ増加していき、治療を受けた肉体は常識を超えた回復を見せているが、義体との連結部分も気になる。


 それでもサラたちの元に向かおうと必死にリハビリに励んでいた。


 レイヴンが目覚めてから既に5日以上が経っている。ナナが付近の町に出向いて集めた情報にはリードロイアの事は一切ない。距離的にはそろそろ届いてもいい頃だ。レイヴンは焦りつつも自分がやるべきことに集中していた。


 サマヤートゥ号の人工衛星は地上の様子を明瞭に映し出す機能はあるが、ナナの権限では動かせないので、リードロイアの映像を確認することもできない。同様に周囲の森に配備された攻撃ドローンも停止できずにそのままだ。


 他人に自分の姿を見られることなくリハビリに励めるのは利点だが、逆に情報が入りにくい場所でもある。何が起きているのか分からないのは不安だった。


「そろそろ見えてくるはずだが……」


 レイヴンはナナからの情報で、接近してくる人物を探していた。

 サマヤートゥ号の付近の監視は固定されていたので発見できた。

 このままでは攻撃ドローンに殺されてしまう。

 その前に助けるつもりだった。


 そうして森上空を飛んでいると叫び声が聞こえてきた。

 枯らした声は必死を感じさせ、レイヴンは現場に急いだ。


「あれは……ミトリか?」


 彼女は何かに追われる様に必死に走っていた。


 当初自分の姿を見られる前に着地してから接近しようと考えていたレイヴンであったが、声の主の正体を知ると、低空飛行したまま後ろから抱きかかえ上げた。そして再び大空へ。


「え、ええ、ええええぇぇぇぇ!!!!」


 ミトリは大鷲に捕まってしまったように感じて暴れだした。

 飛行に慣れていないレイヴンは、彼女を抑えようと強く抱きしめた。


「おい、暴れるな。俺だ。レイヴンだ」


 ミトリは後ろに振り向いた。


「…………ええぇぇ!! 何で飛んでるんですか?!」

「だから暴れるなって。まだ上手く飛べないんだよ」


 ミトリが落ち着きを取り戻したのはサマヤートゥ号に到着してからだった。


「ありがとうございました」


 近づく者を排除する攻撃ドローンはレイヴンには反応する事は無い。

 先日食糧調達のために獣を持ち帰った時にも攻撃を受けなかったことから、密着していればミトリも大丈夫なのは想像できた。


「いや、それよりどうしたんだ。こんなところまで?」


 本来であればこの森は入ったら生きて帰れない森だ。

 それを知っていて入ってくるのなら理由があるはず。

 レイヴンの問いに、ミトリは先程までの動揺を消し去った。


「……トトっていうレイダーからの伝言です。自分と決着をつけようって。サラさんとリブナも彼と共にいます」


「そうか。サラは無事なんだな……」


 レイヴンはサラの安否が確認されたことを喜んだ。

 人質にされているのは想像できる。

 それでもまずは一安心だ。


「彼はもう一つ『アーレの光』を持っていました。GAから奪ってきたんだと思います」


 レイヴンの帰還を知ったナナが寄ってきた。


「グローリアでも大規模な爆発があったようです。それにGA国内で他にも爆発が記録されています」


 クルシュブム(メタリア人)の宇宙船が存在するグローリアは、サマヤートゥ号にとって最重要監視対象。


 そのためグローリアで宇宙船が爆発したことは衛星が捉えていた。

 ただそれがトトによるものだという事実はレイヴンを驚かした。


「恐らく……トトがやった事だな……」

「なんとなくですけど……不安定な印象を受けました」

「そうか……もう本当に自我を失っているのかもしれないな」


 レイヴンはサマヤートゥ号の子供向け歴史教育をナナ経由で受けていた。クルシュブムは他の生命体の肉体と精神を支配する寄生生物。ヤーブロム星系の人類はそれを知らずに自らの肉体を宇宙に適応させようとして身体に取り入れて、徐々に支配されていった。


 その後クルシュブムはハマト皇国の人類を支配していき、大規模な戦争に発展するに至ったのだ。


 そしてグローリアに墜落した宇宙船の中にある装置こそ、戦乱が起きる原因となった初めての皇国製改造手術装置だった。


「レイヴン、行くのですね?」


 ナナの問いかけにレイヴンは力強く頷いた。

 誰かに命令されたからじゃない。

 大切な存在を守るために。


「必ず帰って来て下さい」


 ナナはレイヴンを優しく抱き寄せた。

 レイヴンの肉体はまだ回復しきっていない。

 それでもサラを助けないなんて選択肢は存在しないことは理解している。


「行ってくるよ、ナナ」


 ミトリが何か言いたそうにしている。

 レイヴンは視線を送った。


「レイヴン、……2人を、みんなを助けて下さい」


 全てを託すなんてしたくない。

 それなのに自分にできる事は何もない。

 レイヴンは彼女に心配させないように微笑んだ。

  

「ああ、大丈夫だ。たいしたことじゃない。任せてくれ」


 レイヴンは漆黒の翼を広げ、空に飛び立った。

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