120話 爆発
エッジたちが警備隊と戦い始めた頃、リリ・サルバンに降ろされたサラは1人研究所にある『アーレの光』に向かっていた。
ところが記憶と違う街並みで道に迷ったことに加えて、研究所に近づくほど警備員が増えており中々たどり着けなかった。例え一般兵であろうと、身体能力がそれほどでもないサラにとっては脅威となる。いくら銃弾を弾けても接近戦では簡単に捕まってしまうのは明らか。
リードロイアに到着した頃には護衛が付けられていた。目的が『アーレの光』の破壊である以上、サラがたどり着くことが重要だ。だが警備に残っていたナイトレイダーを引きはがすために、1人、また1人と彼女の元を去っていき、遂には1人きりになってしまった。
「ああ、もうっ。迷ってる時間なんてないのに」
バレロが破壊されてから既に3日以上経過しており、いつ発射されてもおかしくない。仲間たちのおかげでナイトレイダーは残っていないように見える。サラは巡廻してくる警備から隠れてなんとか中に入れないか様子を窺っていた。
「やばっ、近づいてきてる?」
足音を感知してサラはとっさに近くの建物に飛び込んだ。そして通り過ぎて行くのを静かに時を待った。
「……誰かに呼ばれてる?」
ここに味方はいないはず。サラは音を立てないように警戒した。耳を澄ますと再び小さな声が聞こえてきた。
「サラさん、私です。ミトリです」
リブナの世話役として働いていたミトリ・ニラは、ザイドロフの命令によってリードロイアで幽閉されていた。殺されなかったのはリブナに懐かれているという理由だけだ。GAを裏切るようなことをすれば、殺されるかもしれないと思った。それでも彼女はやるべきだと決めたのだ。
ミトリは現在の状況を概ね理解していた。先日の激しい振動は『アーレの光』が発射によるものだと知っているし、聞こえてくる激しい戦闘音はそれを破壊しようとする者たちによる襲撃だと。そして今の自分がサラに信用されないであろうことも。
ミトリは自分の状況を語ることでサラの手助けをするつもりだと主張した。
「私も一緒に連れて行ってください。緊急用出入り口なら侵入できるはずです」
「……分かったわ。ちょっと待っててね」
手詰まりだったサラはミトリの提案を受ける事にした。このまま時間が過ぎれば間に合わなくなるかもしれない。それに彼女の状況を考えれば言っていることは正しいような気もする。
サラは自らの手を金属化。指先を鍵穴に近づけると内部に侵入させて構造を理解。メタリアルを変形させて鍵を形成した。
「お久しぶりです、ミトリさん。って悠長に話す時間はなさそうですね」
「ええ、行きましょう。リブナの元へ」
サラは以前よりもやせ細ったミトリを見て、彼女の言っていることが真実だと理解した。2人は別の建物に寄って、緊急用出入り口の鍵をとる。先程のようにサラが作ることもできるが、警備がいる以上時間的な余裕はないので、予め用意することにした。
2人は意志を確認するように頷きあって目的地に向かう。警戒の隙をついて研究所の内部に侵入。そしてリブナを発見した。周囲に警備の者は誰もいない。既に発射までのカウントダウンの状況であり、リブナ自身は装置の内部に入って被害を受ける事はないが、発射の影響が出るので誰も近寄らないのだ。
「リブナっ!」
「……ミトリお姉さん? どうしてここに? 病気は大丈夫なの?」
ミトリはリブナに抱き着いて説得を試みる。
その間サラは装置を自爆させるべく解析を始めていた。
「もういい……もうこの兵器は使わないでいいんだよ」
「……ダメだよ。おじさんたちが言ってたよ。悪い人がいるからやっつけないとって」
ミトリは続く言葉にショックを受けた。
「お姉さんが病気なのはストレスのせいだって。悪い人がいるからだって」
リブナは頑なだった。
そして彼はやせ細ったミトリを見て自分の正しさを確信していた。
ミトリは迷った。
このままならリブナは再び発射してしまうだろう。
リブナは自分がしたことを正しく理解していない。
罪のない沢山の人を殺害したことを知れば彼の心は壊れてしまうかも知れない。
それでも伝えなければいけない。
リブナに罪を重ねて欲しくなかった。
「悪い人なんてどこにもいないわっ! 皆必死に生きているだけよっ!」
ミトリはリブナの心を守るようにより一層強く抱きしめた。
リブナはこれまでにないミトリの力強さに必死さを感じていた。
そして心動かされた。
「悪い人はいない……? それなら僕がしてきたことは……うわぁぁぁぁ!!!!」
リブナは頭を抱えて苦しみ始めた。
多くの人を殺した実感が沸いてきたのだろう。
ミトリにはただ寄り添う事しかできなかった。
一方、解析を進めていたサラは行き詰っていた。
自爆方法は分かった。
操作しようと意志を発した。
それでも自爆機能は発動しなかった。
『アーレの光』は既に発射準備を完了しており、後はリブナが指示を出すだけの状態。多大なエネルギーを蓄えており、今の状況での自爆させるには強い命令が必要だった。そしてサラの出力では対応できなかった。だが手がないわけではない。
サラは苦しみ泣き叫ぶリブナを見た。
破壊はできなくともリブナを殺害すれば発射はされない。
装置は残るが、次の適正者が現れるまでの時間稼ぎにはなるだろう。
そんな考えが思い浮かぶ。
「ごめんなさい。私……できないよ」
自分には覚悟があったはずだ。
皆を守るためにどんなことだってすると決めたはずだ。
それでもリブナを手に掛けることはできなかった。
「これじゃあ、みんなを守れない」
研究所の外では、今この時もエッジたちが命を散らして戦っている。申し訳なさでいっぱいだった。リブナは真実を知り、悲しみに暮れている。そんな子供を殺すことなんてサラにはできなかった。だがサラの言葉は沈み切ったリブナの心を揺り動かしていた。
「守る……?」
リブナはサラの言葉に反応した。
今までの自分がやってきたことと正反対のこと。
もしかしたら罪滅ぼしになるかもしれない。
「サラお姉さん……守るってどういうことですか?」
サラは驚きつつも、リブナに答えた。
「この装置を自爆させるの。それで多くの人が救われるわ」
それは本当のことでありながらも、サラは言葉を選んだ。今のリブナはやってきたことを後悔している。自爆させることは彼自身の心も救うと思った。
「……僕にも、僕にも手伝わせてください!!」
「あなた……うん、わかったわ。皆を守りましょ!!」
自爆方法を知らないリブナはサラと手を繋いだ。
そして心を無にしてサラの意識が流れ込むのを待った。
今までやってきたことがこれで帳消しになるなんて思っていない。
不安はある。
「ミトリさん……」
2人を支えるようにミトリがリブナとサラを抱きしめた。
彼女にも分っていた。
このまま自爆させれば自分たちは死ぬであろうことを。
それでも一緒にいることを選んだ。
少しでも勇気づけたかった。
そしてサラは意志を発した。
それはリブナを通して『アーレの光』に流れ込んでいく。
激しい振動が伝わってくる。
もう自爆まであとわずか。
光が彼女らを包んでいく。
サラは光の中で何かが近づいてくるのを感じていた。
まぶしすぎて何も見えない。
サラの脳裏にはひと目だけでも会いたかった人物が思い浮かんだ。
「お兄ちゃん……」
そして周囲を巻き込み『アーレの光』は爆発した。




