119話 愛のため
「ったく、どうなってんのよ!」
魔導士が存在することもそうだが、これまで出会ってきた魔導士よりも遥かに強いリリ・サルバンにヒメタンは驚愕していた。
「このままじゃ全滅しちゃうって」
どうすればいいのか思考を巡らせながら走っていると上空にカーラを発見した。そして彼女が何をしようとしているのか理解した。
空を飛べるカーラであろうと、魔法で風を操れる魔導士の前では吹き飛ばされてしまうだろう。それを避ける為に接近して上空から一撃を加えるつもりだった。
「だったら私がやることは……」
ヒメタンはカーラが飛ぶ方向とは反対側に周ってリリを挑発した。
「そこの魔導士! 降りて来て私と勝負しなさい。この卑怯者!!」
もちろん本心ではない。戦いが卑怯もクソもない非情なものと理解している。
「アハッ。アハハハハ。小虫が何か言ってるわっ!!」
戦っている内にリリは結構ハイになっていた。レイヴンの特訓に付き合っていた影響で彼女の中のSッ気が目覚めていたのだ。初めは落ち着いていたヒメタンも徐々に苛つき始めた。だがやるべきことはやっている。リリのすぐそばまでカーラが接近していた。
リリはその時何者かに狙われているのに気づいた。
「私を銃で狙おうっていうの!!」
そんなことをしても風魔法で弾けるのに。
だがよく見れば狙っているのは赤髪の男だ。
あの男は味方だったはず。
それに少し向きが違うような…………ッ!!
リリは後ろを振りむいた。
「調子に乗るのはそこまでよ。お嬢ちゃん」
「ぎゃ~!! 変態ぃぃぃ!!」
緊張感の欠ける叫び声とは反対に、リリは冷静に2人の間に風で壁を作った。それを物ともせずカーラは上空から迫った。カーラの羽は収納してあり、自由落下で速度がついている。魔法でも完全な回避は望めない。リリは自分が飛ぶための魔法を解くことで自らも落下。攻撃タイミングをずらして衝撃を和らげた。もちろん攻撃が当たる前にも風を重ねて防御するのは忘れない。
「うう~。痛い、痛い、痛いよぉ」
リリは右肩の痛みに苦しみながらも再び魔法で浮上。
そこに羽を生やしたカーラが下から追撃をかける。
だがカーラは攻撃する事が出来ず、墜落していった。
カーラはエッジの狙撃によって胴に重傷を負ってしまったのだ。
上空から落下の衝撃により、ピクリとも動かなくなった。
エッジの狙撃は一度目の接触タイミングには間に合わなかったが、二度目にはなんとか狙撃に成功した。
「当たってくれたか……」
「……エッジ?!」
リードロイアの戦場では既に動く者はいなくなっていた。
そして先程までの騒々しさから打って変わって静かになった。
主にリリが大暴れしたおかげで。
その本人も今は痛みを堪えるので精一杯。
直撃を避けたとはいえ、レイダーの一撃を貰ったのだ。
これ以上の戦闘は不可能となり、空に避難している。
ヒメタンは攻撃するのを忘れてエッジに寄っていった。
エッジも銃口を向けていない。
どこかで生存を諦めていたエッジ。
生きていてくれて嬉しい。
でも何故こんなことをしているのか。
「エッジ、どういうことなの。説明してちょうだい」
「……ヒメタンだって分かってるんだろ? 今のGAは普通じゃない」
「そ、それは……」
ヒメタンも『アーレの光』が発射されたのは知っている。
そしてその威力も。
「俺の故郷は先日GAの兵器で壊滅したよ……町も住民も全部。でも俺たちは皆レイヴンに助けられた……だからここに来れたんだ。俺たちはあいつの分までやるって決めた。あの兵器は壊さなくちゃならない。ヒメタン、そこを通してもらうぜ」
「エッジ……」
ヒメタンは動けなかった。
自分はGAのナイトレイダーだ。
グローリアに住む母を守るために強くなった。
通すわけにはいかない。
それを理解していても、心のどこかで彼の言う事が正しいと思ってしまう。
エッジは彼女の横を素通りしていく。
その先ではカーラが起き上がっていた。
「こいつ……その出血でまだ動けるのかっ?!」
「私はっ……引くわけにはいかないの……愛するマクドネル様を守るために……」
おびただしい量の出血にも関わらずカーラは立ち塞がった。彼女が深く傷つきながらも立ち上がったのは意地でも、GAに対する忠誠心でもない。愛だった。
敬愛するフランク・マクドネルはザイドロフによって反逆罪で捕らわれた。カーラはフランクの処刑と引き換えにザイドロフに忠誠を誓って新たな力を得た。この道は決して譲ることができないのだ。
「先輩!」
「カーラちゃんって呼びなさいって言ってるでしょ。この子ったら……」
心配するヒメタンがカーラに肩を貸した。
既に戦えない状態なのは誰が見ても明らかだった。
「エッジ……私たちの負けよ」
エッジは頷き、ヒメタンの横を無言で駆け出していく。
その時、眩い光が彼を襲った。
それは彼が向かおうとした研究所からやってきた。
「俺たちは間に合わなかったのか……いや、彼女ならやってくれるはずだ」
自分にできることは全部やった。
エッジは天に祈った。




