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117話 反乱

 

 グローリアの軍司令部ではザイドロフが各方面からの報告を受け取っていた。しかし、書類を見ても頭に入ってこないまま物思いに(ふけ)っていた。


 西側連合軍との戦争に勝利し、東側も屈服させて北部クシャラは半壊させた。レイヴンとサラをおびき寄せ、希少資源を抱えるウルバスマインに被害を与えることなく始末することもできた。グレイクもできなかった南北大陸の支配も目前。自分を阻むものは何もないように感じる。


 ならば、今感じている虚しさは一体なんなのか。これまでしてきたことは本当に自分が望んだ事だったのか。いったい何故自分は覇道を突き進むようになったのか。


 ザイドロフは首を横に振った。


「それでも前に進むしかないのだ」


 その時、司令室の電話が鳴った。

 電話の相手はレイダー改造手術の責任者クンド・サハル。

 焦っているのか、何を言っているのか聞き取れない。


「落ち着け。もう一度ゆっくり話せ」

「トト・インサニアです。彼が侵入してきて4度目の手術を……」


 その言葉を最後に彼の声は聞こえなくなった。


「なんということだっ!!」


 自分ですら躊躇した4度目の改造手術。仮に成功したのなら、トトは通常のレイダーの2倍のメタリアルを有することになる。新たな強さも手に入れるだろう。


「付近のナイトレイダーを集めろ!! 今すぐ奴を討伐する!!」


 ザイドロフが全てのナイトレイダーに先駆けて3度目の手術を行ったのには理由があった。


 グレイクと同じ轍を踏まないためである。彼は政治に集中しすぎたせいで徐々にナイトレイダー達の信頼を失ったともいえる。ナイトレイダーは己の強さに絶対的な自信を持っている集団だ。そんな猛者たちを従わせるには上に立つ者も強くなくてはならない。


 反乱軍を旗揚げした頃のグレイクにはその強さがあった。カリスマ性もあった。だが時の流れは残酷なものだ。訓練や実戦を続けたナイトレイダーに強さを追い抜かれ、カリスマ性も薄れてしまう。ザイドロフはカリスマ性がないのを自覚していたこそ、強さだけでも示そうと思った。そのための改造手術でもあった。


 だからこそトトが許せなかった。勝手に手術を受けて強くなるのは自らの支配体制を揺るがしかねないことだ。


「手術直後ならばまだ身体に馴染んでいない。大勢でかかれば倒せるはずだ」


 ザイドロフは人数を集めると宇宙船に乗り込んでいった。

 近辺にはトトに殺されたであろう警備のナイトレイダーたちの死体がある。

 電話をしてきたクンドも血まみれだ。


 手術室に到着したザイドロフは目を見開いた。

 彼の眼に映るのは不敵に笑うトトと、破壊されてしまった改造手術装置だった。


「貴様ぁ!! どういうつもりだ!!」

「ハッ。ハハッ。そんなに怒るなよ」


 これでもう二度とレイダーを誕生させることはできない。

 手術によって新たな力を得る事も難しくなった。

 野生の鉄獣のように子供を産むか、危険を冒してレイダーコアを取り入れるしかない。


 最大の問題はリブナのような存在を簡単には生みだせなくなることだ。

 世界のことを考えれば、宇宙船の調査を進めるのは既定路線。

 これまでは対連合軍のために兵器となる装置の解析を優先的に進めていた。

 争いは無くなり、次のステップに進むはずだった。


「貴様は未来を潰したのだぞ!!」


 トトの行いは決して許せることではない。

 ザイドロフ個人だけではなく、GA国民にとっても。


「関係ないな……俺は強くなり奴を倒す。それだけだ」


 レイダーコアを取りいれたことで、トトの意識はさらにメタリア人の支配が強まっていた。それでも意識が残っていたのはレイヴンの存在が大きい。3度の手術を経てレイヴンよりも強くなった。


 それでもトトには確信があった。 

 

 学生時代に追いつかれ、追い越そうと必死に努力した。それなのに年下のレイヴンに一歩も二歩も先を行かれた。レイヴンは必ず強くなっているはずだ。


 トトにとっても改造手術によって強くなるのは本意ではないだろう。それでも4度の手術に耐える肉体と精神を鍛えあげたのは彼自身によるものだ。


 レイヴンが強くなったのもレイダーコアによる肉体の強化が他のレイダーより優れていたこと原因だと考えることができる。レイヴンの肉体では侵入してきたメタリアルと体内のナノマシンが激しく衝突。それによりメタリアルが黒く変色、反発しあったことで質に変化が起こり、非常に高い硬度と強度を得た。


 鍛錬を続けて、手術に耐えうる肉体を手に入れたトト。

 手術によって優れた肉体を手に入れ、誰よりも鍛錬に励んだレイヴン。


 2人は目的は違えど強さを求めていた。

 トトはレイヴンとの決着を望んでいた。


 そして、それをあざ笑う者がいた。


「そうか、お前は奴をライバル視していたな。ふっ、ふふふ……残念な事に奴はもうこの世にいない。光に焼かれてしまったのだよ」


 ザイドロフは部下をトトの周囲に配置させる時間を稼ぐため、自身に意識を向けさせようと挑発した。そしてトトはザイドロフの思惑通りに動揺した。


「何をふざけたことを……」


 ザイドロフに嘘を言っている様子はない。

 レイヴンが死んだのならば自分がしてきたことは何だったのか。


 目的を見失いそうになり、トトの意識はレイダーコアに飲みこまれようとしていた。動揺から体が思わずよろける。支えようと宇宙船に寄りかかった。


 ザイドロフはこの機を逃さなかった。


「今だっ!! かかれぇ!!」


 トトはうつろな目をしていた。

 宇宙船からの大量の情報がトトの脳内に入って混乱していたのだ。

 そして理解した。


 トトは何発か攻撃を受けながらも、豊富なメタリアルを重ねて防御。

 その後の攻撃を躱してなんとか手術室から離脱した。

 流石に6人以上のレイダー相手に勝利するのは難しい。


 追ってくるザイドロフたち。

 スピードはトトの方が上だ。

 やがてナイトレイダー同士の速度差によってわずかに距離が離れる。

 トトはそれを見計らって宇宙船のシャッターを閉めた。


 そして1対1の戦いを繰り返し、勝利を続けてザイドロフの元にやってきた。

 ザイドロフは目の前で起こったことが信じられなかった。


「貴様はリブナと同じだというのかっ!!」


 サラやリブナは改造手術を受けた際、レイダーコアとの親和性の高さから痛みが出ることはなかった。硬化能力はあるが身体能力は高くない。トトは初めての手術では2年以上も痛みに苦しんだと報告にある。


「何故だ?! 貴様は何故動かせるのだ!!」

「何故? 何故だろうな……分からないが不思議とできるような気がしたのさ」


 多くの者はレイダーコアが入ってくると肉体が拒否反応を起こす。その結果として痛みを伴うのだ。それならば、長く苦しんでいたトトの親和性は高くないはずではないか。


 実際にはトトの肉体はサラたち同様にレイダーコアを受け入れていた。では一体何故彼が長い間苦しんだのか。それは肉体ではなく、彼の精神がレイダーコアを拒んでいたのだ。通常であれば受け入れ側の精神は関係ない。


 ところがサラ以上の親和性を持っていたトトは、自分の意識が飲みこまれそうになるのを拒み続けた。そしてそれに打ち勝ち、苦しみに耐えていた2年の間でメタリアルがゆっくりと循環したことで肉体は強化された。


 現在のトトは、当時の4倍の影響を受けていることになる。意識も混濁しつつある。それでもレイヴンと戦うことを求め、なんとか自我を保っていた。


 それも限界に近づいていた。

 レイヴンが死んだというザイドロフの発言は想像以上にトトに刺さった。


 そして次の瞬間、トトの拳がザイドロフの胸を突きさしていた。

 トトは崩れ落ちるザイドロフに興味を示さず、これからの事を考える。


「この船はほとんど死んでるな」


 自分には武器が必要だ。

 強化されたといっても大勢のナイトレイダーに囲まれたら為す術がない。

 だったらまずは力を手に入れる。


リブナ(あのガキ)がいる東よりは警備が手薄だろう」


 トトは宇宙船から情報を引き出していく。

 それを終えると船を自爆させた。


 トトは自身が巻き込まれないよう全体ではなく一部のみを爆破。

 そのためグローリアが全壊するようなことはなかった。 

 大部分が地中に埋まっていたことも幸いした。


 それでも周囲は火の海となり、各所から悲鳴が聞こえてくる。

 トトは混乱に乗じて城壁を越え、西に向かった。

 『アーレの光』を奪うために。

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