112話 命をかけても守りたい
「どういうことか説明してもらおうか」
「…………」
押し黙ったままのトスターの代わりにエッジが語り始めた。
彼にしても全てを知っているわけではないが、それでもレイヴンの役に立つはずだ。
「こいつらは命令されて、彼女を攫おうとしてたんだよ」
一体誰に?
そんなことは聞かずとも分かる。
GAしかいない。
「なぜこんなことした?」
レイヴンが威圧しても言葉を発しない。
もしかしたら理由は知らされていないのかもしれない。
レイヴンは質問を変えた。
「サラを誘拐してどうするつもりだった」
「お前らはいいよな……」
「何がだ?」
トスターは諦めたようにポツポツと話を始めた。
「知ってるか?知らないよな……東側3国の中で俺達だけがGAと新たな条約を結べてないんだ」
彼の言う通り、GAはクシャラのみ不戦条約を更新しなかった。それは3国の連携を阻止する目的であり、ザイドロフが敢えてしなかったことだ。
「ただ、そのサラって娘を確保すれば俺達とも同盟を結んでくれるって言ったんだよ」
ただし結べない場合は悲惨な目にあう事になる。今のGAと戦うということは西側国家と同じように攻撃されるということを意味していた。被害写真を見ればサラを誘拐することに迷いはないだろう。理解はできても納得できることではない。レイヴンの優先順位は明確だった。
「俺たちはこいつらに下された命令を知ってしまった。今のGAは全く信用することはできない。必ず見せしめに仕掛けてくるはずだと思っている。今は各地に潜んだ仲間たちを集結させているところだ。GAの兵器を潰すためにな」
『アーレの光』がある限り、自分たちに平穏はない。エッジはそう語った。GAは恐らく数多くのレイダーをリードロイアに配備して警備していることだろう。エッジたちもそれは理解しているはずだ。それでも死を覚悟して向かおうとしている。
GAを間に挟んでいるせいか、西側国家の破壊された町の映像を見ても、どこか他人事のように感じている者も多い。彼の所属するウルバスマインは不戦条約を延長し、その後はGAの同盟国となった。今後はどんどん無茶な要求をしてくるだろうが、これで戦争は終わりだと思っていた。
ところがそうではなかった。彼らの言う事が正しければサラは今後も狙われるということを意味する。そんなことは認められない。
現在『アーレの光』を使用できるのはリブナ1人だけだが、GAにしてみれば元々彼より能力の高かったサラならば可能性はあると思っていた。サラさえいなくなればGAの支配は揺るぎないものとなると確信しているのだ。
以前に接触した時はまだ連合軍との戦争開始前で東側を参入させるわけにはいかないために手を出せないという理由があった。レイヴンに対抗できるかどうかの心配もあった。戦力を整えた現在とは大きく状況が違っている。もはや手段は選ばないだろう。
状況は分かった。GAの思惑も見えてきた。ただ自分たちがこれからどうすればいいのか。結論がすぐに出るはずがない。だからといって時間に余裕があるわけでもない。仮にGAに攻め入るとしても時が進めばそれだけ警戒は増すだろうし難しくなる。自分たちが行動を起こせば故郷の仲間たちを危険に晒すことになるかもしれない。
レイヴンの思考を遮る声が聞こえてきた。
「なんだ、あの光は?」
エッジの仲間の1人が北西方向を指さした。
皆がその方角を見る。
その光はすぐさま伸びていき、北側にある海を越えていった。
「あの光はもしや……」
レイヴンはサラを見た。
彼女は震え、祈るように両手を握っている。
レイヴンは確信した。
あれこそ『アーレの光』だと。
サラを殺すために手段は選ばないと理解していた。
それでもここまでするとは思っていなかった。
光は全てをなぎ払いながら近づいてくる。
多くの者が理解した。
あの光が西側を壊滅させた兵器だと。
「(なんて大きさだ。上に跳んでも逃げられない)」
光は全てを焼き尽くすようにゆっくりと南に向かってきていた。
もはや助かる術はない。誰もがそう思い悲嘆に暮れた。
魔導士のリリは空高く飛べば助かるだろう。
レイヴンも必死に駆け抜ければ助かるかもしれない。
他の者は全て死ぬだろう。
サラもナナもエッジやトスターたちも。
レイヴンは彼らの前に出た。
「お兄ちゃん?!」
「俺の後ろに入れっ!! なんとか堪える!!」
「そんなの無理だよ、お兄ちゃんだけでも逃げて!!」
「レイヴン、逃げなさい」
2人の言葉に笑顔を向けるとレイヴンは両手を前に出し、下半身の踏ん張りを確かめて漆黒の鎧を纏った。
そして光はやってきた。
光に触れるとレイヴンの突き出した両手がすぐに溶け始めた。
とてもじゃないが耐えることなどできない。
その時、レイヴンの前に土の壁が現れた。
レイヴンは視線を空に向けた。
その先には上空を飛ぶリリの姿があった。
彼女は皆が光に注目を始めた時点で遥か上空に避難。
そしてレイヴンを守るように幾重にも土の壁を重ねていた。
加えて足場を確保するように何度も魔法を繰り出していく。
わずかに威力が弱まったように感じる。
それでもレイヴンの体は悲鳴をあげていた。
「くそっ、こんなことでぇぇぇぇ!!!!」
もう体が持ちそうにない。
レイヴンは半身になって右腕を突き出した。
そして右腕にメタリアルを集中。
他の箇所の防御を捨てる事で極限まで硬度をあげる。
そして光が通り過ぎて行った。
目を開いたサラは前方に立つレイヴンを見た。
まさか、あの光に耐えきるとは……
驚きでいっぱいだった。
そしてレイヴンは自らの体を支える事が出来ずに倒れた。
サラとナナはすぐさま駆け寄っていく。
近くで見るレイヴンは無残な姿だった。
「嘘……こんなことって……」
レイヴンの肉体は右腕・右足を失い、左腕も肘から先がない。
それでも生きているのはまさに奇跡としか言いようがなかった。
欠損部分をメタリアルで防いだことで出血はほとんどない。
無意識下で行われた処置が僅かに命を繋いでいた。
意識はないが脈もまだある。
それでも誰もがまもなく死亡するのだろうと感じていた。
サラはレイヴンの体を覆って涙した。
自分たちを守るために傷ついて倒れた。
まだ別れの言葉も、自身を絶望から救ってくれた感謝も告げていない。
感傷的になっているサラとは正反対にナナは冷静だった。
ナナはレイヴンの体がメタリアルで覆われる前に零れ落ちた物を拾い上げた。
それはレイヴンの成長記録情報が入ったデータチップだった。
ナナは自身の体を使って読みこんでいく。
そして全てを思い出した。
ナナは悲しみに暮れるサラに告げた。
「レイヴンのことは私に任せて下さい」
周りに集まってきた者たちは不思議なことを言う彼女に疑いの視線を向けた。レイヴンが今の状態から助かるなんて思っている者は誰もいない。どんなに優秀な医者だって不可能だろう。それだけ絶望的な状況だった。
そんな中でサラだけは違う想いを持っていた。
自分の知らない高度な技術を持つナナの肉体。
もしかしたら助かるかもしれないという期待が沸いてきた。
「……どうするの?」
「私と共に来てもらいます。アルタカトに」




