109話 泥沼の戦いへ
『アーレの光』は連合軍に壊滅的なダメージを与える事に成功した。
多くの兵士を失った連合軍はメタリア人の遺産による攻撃だとすぐに理解した。こんな兵器を残しては全てを焼き尽くされてしまう。家族も恋人も友人も全て。
生き残った連合軍兵士は何とか残った勇気を振り絞り、グローリアに進軍しようと集結を開始。そこに襲い掛かるGAのナイトレイダーたち。浮足立った兵士たちは対応できずに命を散らしていった。
「『アーレの光』の威力……そして続けざまの奇襲。これで勝利は手にしたも同然ですな」
ザイドロフは部下の言葉に大きく頷いた。
初戦の敗北で怖気づいた上層部もここにきて漸く落ち着きを取り戻していた。
後はこのまま連合軍に対して降伏勧告を出すだけ。
会議に出席した誰もがそう思っていた。
「もう一撃を食らわせて連合軍を壊滅させ、そのまま攻め入り降伏させる」
ザイドロフの言葉は出席者を困惑させた。どう考えても連合軍にGAと戦う戦力は無い。いくら新兵器の小銃があろうとも、それを扱う人間がいなくては意味がない。連合軍は既に壊滅寸前だった。
「その後リブナを東に移動させる。『アーレの光』の威力を大々的に伝えよ。素直に従うならよし、さもなくば……」
東側3か国にも使用するということだ。多くの者が続く言葉にザイドロフの正気を疑った。恭順の意を示している東側3か国にGAを脅かす力はないし、攻撃したとしても潜在的な敵を作るだけ。それなのにわざわざ脅すような真似をする必要がどこにあるというのか。参加者たちはざわつき始めた。その中で猛反対を示したのが副司令のフランク・マクドネルだった。
「お待ちください、司令! 既に勝敗は決しています。これ以上無暗にあの兵器を使うべきではありません。まずはパミラ・ミストリアに降伏勧告を出すべきです!」
多くの者がフランク・マクドネルの意見に賛同した。それだけ『アーレの光』は危険な兵器だと皆が認識しだしたのだ。確かに劣勢を覆すためには必要だったかもしれない。だがそれも終わったことだ。後は2国の領土にあるメタリア人の遺産を回収すれば事足りるだろう。これ以上使用したならば殲滅戦の選択肢しか残らない。
このまま攻撃を続けて非戦闘民を殺害すれば、例え国家を潰しても生き残った人々はGAに対して恨みを晴らすべく復讐の鬼となってしまう。そうなれば一刻も早い宇宙進出というGAの目標から遠ざかるのは明らかだった。
ザイドロフはフランクの意見を受け入れた。だがそれは彼の考えを理解したということではない。
「……いいだろう。まずは2国に対して降伏勧告を出す。どのみち次の発射までに時間が必要だ。チャージが完了するまでが期限だ」
「それではあまりにも短すぎます! せめて10日は待つべきです!」
『アーレの光』は独立した装置だが、本来はグローリアの宇宙船に接続して使用する兵器だ。エネルギー不足のため連続して使用することはできない。エネルギーチャージにも時間が必要だ。だがチャージは3日もあれば終わってしまう。あまりにも短い猶予であり、ないも同然だった。
フランクの進言にザイドロフは苛立ちを見せていた。以前の彼ならば聞く耳を持っていたはずなのに、今は耳を傾けようともせず、逆に厳しい顔でフランクを睨みつけている。
ザイドロフの変わりようはフランク以外の者も感じていた。3度目の手術を受けて以来変わってしまったのではないか。前例のない3度目の改造手術をザイドロフが自ら率先して行った時、フランクは手放しで称賛した。部下に先立ち危険を冒す姿にこの先も付いて行こうとも思った。他のナイトレイダーたちもそう感じたのではないか。それが何故こうなった。
フランクの脳裏に思い浮かんだのは、レイダーコアの影響だった。
レイダーコアの移植手術による精神異常は当初から危険性を指摘されていたし、説明もされていた。手術を受けると何かに憑りつかれたように騒ぐ者もいる。それは激しい痛みに耐えようとしていると考えられていたが、次第に別の原因があると思われる様になっていた。
レイダーコアによる影響は精神にも及んでしまうのかもしれない。レイヴンとサラが導き出したのと同じ答えにフランクは到達した。思い返せばそれ以来ザイドロフの様子は以前と異なっていたように思える。別人になったとは言わないが、攻撃性が増し、目つきも鋭くなったかもしれない。だからといってザイドロフの考えに、はいそうですかと従うわけにはいかなかった。あくまで戦争終結を目指すべきであり、殲滅戦は泥沼の戦いを呼ぶだけだ。
「司令っ!! どうか再考を」
「もうよいっ! この男を連れて行け!」
「司令っ!」
ザイドロフの命によってフランクは連れ出されてしまった。会議の参加者の中で3度の手術をしたのはザイドロフのみ。実力行使も出来ない状況で、残った参加者は迷ったあげくに保身のためにザイドロフの判断を支持することを選んだ。
「司令、1つお耳に入れたいことが……」
今のザイドロフは相当苛ついているのは分かる。それでも伝えるのは点数稼ぎのためだった。
「なんだね」
「実は彼の保護者の女性ですが、なにやら余計なことを吹き込んでいるようで、その……命の大切さとでも言いましょうか。今の少年にとっては余計なことかと」
リブナ少年の保護者であるミトリ・ニラは自分にできることは何かを考えて実行していた。それは戦争の悲惨さを伝え、リブナにこれ以上大量破壊兵器を使用しないさせない説得行為だった。圧倒的な力で敵軍を恐怖に陥れた兵器を見てミトリは決意を固めた。周囲を警戒して直接的な表現で伝えることはしなかったが、彼女の思想は確実に漏れていた。ミトリ自身はリブナのために考えて行動したことだが、GAにとっては裏切り行為に等しい。
「ふむ、わかった。だがリブナは彼女に相当懐いていると聞いている。今、リブナの機嫌を損ねるわけにはいかん。そうだな……目的地に着いたら感染症にでもかかったことにして幽閉したまえ。代わりの者はすぐに用意する」
そうしてミトリはリードロイアに戻るとすぐに隔離されて、リブナと引き離されることになった。




