108話 発射
初戦でライガルリリー・シルワール連合軍に敗れたGAでは多くの軍人たちが対策会議に出払っていた。
元々西側との戦争は既定路線。戦力も充分に整え、むしろ今か今かと待ち望んでいたくらいだ。それが蓋を開けて見れば大敗北。
彼らにしてみれば戦力的に勝っていたはずなのにそれがひっくり返されてしまった。それも身体能力に優れる獣人やレイダーではなく新型小銃を扱う一般兵によって。この事実は多くのナイトレイダーを委縮させるのに充分だった。
他国のレイダー相手に倒されるならともかく、一般兵にやられたとあっては自分たちの存在価値を揺るがしかねないことだ。レイダーが一般兵にやられるなんて、これまでは油断意外に考えられなかった。敵の新兵器のことが知られておらず、まだまだその意識が強い状況では死んでからも後ろ指を刺されることになる。命だけではなく誇りまで失う恐怖もあった。
司令部のザイドロフは状況を知らされても動じることはなかった。初戦の敗北は彼にとっても予想外のことだった。だからといってこのまま負け続けるとは一切思っていない。十分に挽回は可能だと考えていた。
「問題ない。守勢に回って戦線を後退させよ」
「後退……よろしいのですか?」
戦場ではレイダーも一般兵と同様に塹壕の中に身を隠しながら敵軍と距離を保っている。そのような状況はどんなに激しい銃撃戦の中でも平然と突撃してきたレイダーにとって屈辱的なものだ。だが命令よりもプライドを優先させるような者はいない。無残に散っていった仲間たちを見た彼らは、これまでとは違う恐怖と戦いながらも冷静さを失わないように努めていた。
そんな中送られてきた後退指令。
思わずほっとした表情を出す者もいれば悔しさを滲ませる者もいる。いずれにしても感情を抜きにして考えれば、何故後退するのかという疑問を持っていた。GAの最大戦力は自分たちナイトレイダーのはず。後退といってもすんなりいくわけではないし、敵軍に囲まれないように注意しつつ誘導しなければならない。その際には多くのナイトレイダーが犠牲になるだろう。
「かまわん。例の兵器に目途が付いた。ただし敵を分散させるようなことをしてはならん。奴らに警戒されない程度に反撃させよ。奴らにはグローリアに向けて攻めてもらわねばならんのでな……」
ザイドロフの秘策……それはリブナによる『アーレの光』の発射だった。
「リブナの移動は終わっているな?」
「はっ、既に配置についております」
「では後は兵器の到着を待ち、発射タイミングを見極めるだけだな……」
『アーレの光』は巨大な砲身の形をしている戦略兵器だが、先日までは発射の目途は立っていなかった。それが現在では試射を終え、威力の確認も済んでいる。
それができるようになったのはリブナが3度目の改造手術を受けたからだった。サラとの出会いを経て自分の実力不足と同時に覚悟の足りなさを切実に感じたリブナは、ザイドロフに頼んで3度目の手術を受けさせてもらえるように願った。
命令して手術を受けさせるよりも、自分の意志で受けさせる。細かな違いだが結果的にリブナの集中力は高まり、以前よりもずっと意欲的に解析作業にのめり込んでいくことで、予想よりも大幅に解析の時間を短縮するに至った。
手術によって出力の足りなさを補い、装置との送受信も順調になった。覚悟の大きさが耐性の強さとなり、長時間の解析を可能にさせた。リブナの解析は驚くほど順調に行われ、遂に起動に成功したのだった。
そしてリードロイアの機体ではなく、グローリアにある宇宙船から新たに分離させて西側に砲身を向けた。宇宙船についていた2つの装置をそれぞれ東西を牽制するように配備する。これによって宇宙船に武器として使用できる装置はなくなったが大きな問題ではない。いずれは宇宙船そのものも利用できるだろうと言う思惑もある。
これで東西両陣営に対して、いつでも力の行使ができるぞと威圧することが可能になったのだ。後は実際に使用して威力を見せればいい。それだけで各国は今までよりも頭を低く下げてくることだろう。
…………
一方その頃、レイヴンの同級生のロコニャンはグローリアへ向けて連合軍の獣人部隊を指揮していた。獣人には正式な軍人は少ないし、鋼鉄の鎧を持つ者はさらに少ない。貴重な現場指揮官としての重責を担っていた。彼の指揮する部隊は士気高く軍の先頭を突き進んでいた。
このまま一気に攻め込んで宇宙船を制圧する。それができれば獣人としての地位が安泰されたも同然だ。それがひいては故郷に残してきた家族の生活の安定につながる。5児の父であり、多くの養うべき家族がいる彼にとって、その意味は大きい。
ロコニャンはふと立ち止まった。
何だか嫌な予感がする。
それは何の根拠もないただの勘だった。
ロコニャンは部隊に停止命令を出した。
突然の命令に素直に従う者、聞こえずに一瞬遅れた者が現れた。
そんなことはお構いなしに部隊を通り抜けていく巨大な光。
音もせずに辺り一面を薙いだ光は森を山を、全てを焼き尽くし、何とか堪えていたレイダーの鋼鉄の肉体すら溶かして、大地に大きな傷跡を残した。




