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105話 心と体

 

 ムガンベと出会ってから数日後、修行は順調に進んでいるのだが老人の性と言うべきか、若者に対してちょっとしつこい指導が行われていた。


「お主はもっと怒りの感情を出して戦ってみんかい!」


 ムガンベはレイヴンに対して繰り返しこの言葉を送っていた。


 時として怒りは凄まじい力を引きだしてくれるという。


 なんとなく言っていることは理解できる。

 だがこれまでのレイヴンはいかなる時も冷静さを保って戦おうとしてきた。

 そうやって生き残ってきた事実が、アドバイスを拒絶していた。


「そもそもお兄ちゃんって全然怒らないし、怒る時も長く続かないし、そういうのって向き不向きってあると思うんだよね~」


 サラがレイヴンに味方するような発言をすると、ムガンベの眉間に皺が寄っていく。


「だいたい何故、女子供が男の修行について来とるんじゃ。儂が若い頃は1人で山に篭もったものよ。それが……」


「私たちが他のことをやってるから修行に専念できて、効率的に強くなれるんだと思いま~す。そういうのって視野狭窄だと思いま~す」


 彼も300年以上生きてきて結論づけたことなので、若造に反論されて、はい、そうですかと意見を変えるような男ではない。矛先を黙ったままのレイヴンに向けた。


「母や妹がおらんと修行の一つもできんのか? そうではあるまい」


 300年以上を生きる彼の感性と違うのは当たり前の話で、それは種族の違い以上に大きく、かなり鬱陶しい。それでも協力してもらっている立場なのでなるべく相手を立てていたのだが、さすがに家族のことについてなのでレイヴンも内心苛立ってきていた。


「お主に必要なのは1人になって考える時間ではないのか?」

「そんなことないよね。お兄ちゃんは私たちと一緒の方がやりやすいよね」


 ここ最近大人っぽくなったと思っていたサラが子供のように振る舞い、何故かナナも話しに乗ってくる。正直爺さんを相手にするだけでも疲れるのに、他の争いに巻き込まないでくれと思っていた。


「レイヴン、もう親離れなのですか? まだ早すぎます」


 いや、遅すぎでしょ。

 サラはそう思いつつも、黙ってナナの横に立った。

 今はツッコミよりも頑固ジジイをやりくるめるの先決だ。


 そんな状況が続き、食事休憩が終わってレイヴンとムガンベの修行が再開すると何故か応援が付くようになってしまった。


「お兄ちゃん!! 頑張って!!」

「レイヴン。しっかりするのですよ」

「…………」


「ひょっひょっひょっ、賑やか賑やか。さてどうやって黙らせようかの……」


 斬撃に対しての対応は徐々に良くなっているのだが、うまく攻撃を当てられない。金属化していない状態では一撃で致命傷となりかねない状況では中々思い切りよく攻撃を仕掛けられなかった。


「くそっ! なんでこうも体が重い」


 ここまでの修行の連続による疲れがレイヴンを襲い、さらにストレスフルな状況が続くことによって心と体のバランスが崩れていた。こんな状況では体が思うように動かないのも無理はない。


「お兄ちゃん! しっかりして!」

「レイヴン、母の期待に応えるのです」

「…………」


 そして普段は無い声援がうっとおしく思えてきた。いつもならなんてことはない言葉も気になってしまう。


「お兄ちゃん!!」

「レイヴン」


「だあぁぁぁぁ!!!! ちょっと黙っててくれ!!!!」


 突然の咆哮にサラは驚いた。今までこんなレイヴンを見たことなかった。


「お兄ちゃん?!」

「レイヴン、ひょっとしてまだ反抗期なのですか?」

「違うっ!」


 これまで溜まっていた物を吐き出すかの如く、レイヴンは感情を表に出し始めた。


「(いや、これじゃ駄目だ。もっと冷静にならないと……)」


 まだ戦闘は続いている。怒りに任せて我を忘れてはならない。そう思いつつ対戦相手に目を向けるとムガンベがニヤリと笑みを浮かべていた。


 思えば今のレイヴンは彼の言う通りに感情剥き出しで戦っている。散々否定してきた戦い方なのに、何故か動きが軽くなっているように感じる。肉体は疲れ切っているのにも関わらず調子が良い。その状況を見透かしているように笑っているのだ。その笑みがなんとも憎たらしい。


「どうじゃ、儂の言った通りだったじゃろう?」


 レイヴンは悔しさをにじませながらもそれを認めた。


「確かにそうかもな。だからお礼をしなくちゃって思っていた所だ」

「ひょっひょっひょっ、怖い怖い」


 そうしてこの日は日暮れまで体を動かし続けた。

 夕食を前にしてレイヴンもムガンベもクタクタの様子。

 だが不思議と心地よさがある。

 それだけ今日の修行が身になったからだろう。


「それじゃ、いっただきま~す」

「ちょ~っと待ちなさ~い!!!!」


 サラが大きく口を広げて食べようとすると待ったがかかった。声の主はリリ・サルバン。彼女は食事の時に現れて、食べ終わると去ってしまう。そんな彼女が食事に遅れてきた。みんなの視線が彼女に向いた。


「なに私抜きで食べようとしているのよ!!!!」

「……それはいいから、何かあったのか? 話してくれ」


「戦争が遂に始まったわ!!」

「……そうか」


 不戦期間が終わり、戦争が始まった。

 そのこと自体に驚きはない。

 覚悟はしていたことだ。


「そうかって何平然としているのよ!! 西のライガルリリーが初戦でGA軍を負かしちゃったのよ?!」

「なんだって!!」


 これには流石にレイヴンも驚いた。以前にサラと話していた通り、戦争はGAの勝利で終わると思っていたからだ。そして両国が準備をしていたのだから当然初戦もGAが勝利すると確信していた。


「いったいどうやって勝ったの?」


 サラがリリの頭を揺らした。


「ちょっとサラちゃん待って。それは……分からないのよ。……だってこっちは遠すぎて、まだ詳しい情報が入って来ないんだもの」

「…………」


 言われてみればその通りだ。むしろよくこんな辺境まで情報を伝えに来てくれた。だが戦争が始まったのなら正確な情報が必要だ。レイヴンはムガンベに礼を言い、ウルバスマインに戻ることを決めた。

これにて5章終了となります。

次話より最終章となります6章『加速する世界』に突入します。

物語もどんどん動き、エンディングに向かっていきます。

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