104話 戦い慣れた獣人
ヒューマロンドとの国境沿い付近にレスタールという湖がある。周囲を木々で囲まれ、住む人々もわずかばかり。目的の人物はそこに住んでいるという。
「なんか私たちの目的地ってすごい田舎ばっかだね」
別に文句を言っているわけではない。ただの事実確認である。実際のところGA以外の国は首都以外に発展した都市は少ないし、魔導士の空爆もあったので目立たないように過ごしてきたので仕方ないという側面もある。
特に今回訪ねるのは被差別種族の獣人であるため人一倍警戒が強いことが予想される。そのことを考えれば田舎に住んで小さなコミュニティで完結させるのは当然といえよう。むしろリリの言うように本当に会ってくれるのかという方が疑問だった。
「前にも言ったと思うけど、あのおじいちゃんは変わり者だから大丈夫よ」
リリはトラックの助手席に座りながらのんびりと過ごしていた。
「獣人っていっても、彼らの中でも珍しい長寿の種族だから他の獣人と合わないってだけだし、住む場所も定期的に変えて気分転換してるって話。だから普通に話せる人だよ」
そしてリリの腹ペコ友達でもある。彼女が元魔導士の親戚を探している最中に出会い、獲物を取り合って友情を育んだという。どこまで本気か分からない話を聞きながら一行は目的地までやってきた。リリは到着するなり、森中に響き渡らせようと大声を出した。
「こんにちは~! ムガンパさんいますか~?!」
レイヴンとサラは思わず耳に手を当てた。
「ちょっ、リリさん、声大きすぎだって!」
「相手はおじいちゃんなんだから、これくらいじゃないと聞こえないって!」
リリの暴言に反応するように木の上から老人がボサッと落ちてきた。
「しっかり聞こえとるわい、魔導士の小娘よ」
レイヴンはリリと話す老人を観察していた。
身長は170cmくらいだろうか。レイヴンの知る獣人たちよりもかなり大きい。立派な髭を生やし、背中も曲がっているが話す声は若々しい。
「(ひょうひょうとしている……が、そこはかとない強者の雰囲気がある)」
だがいつまでも茶番を聞いているのも疲れる。
レイヴンは試合を申し込むために、一歩前に出た。
「俺はレイヴンという。突然の訪問申し訳ないが俺と戦ってください」
「いやじゃ」
「…………」
「まあまあ、おじいちゃんそう言わずに。ナナさんの作るお料理は絶品なんだから」
「ふむ、それなら一つ胸を貸そうかの」
確かにレイヴンと戦う理由は無い。
断る可能性もあるとは思っていた。
だからといって料理に釣られるか?
恐らくリリと精神構造が同じなんだろうと納得すると、レイヴンはさっそく上着を脱いだ。
ナナが料理の準備を始めると、2人は邪魔しないように距離をとった。
2人とも金属化せずに戦いは始まった。
「ひょっひょっひょっ。どこからでもかかって来なさい」
「(上から目線……まあいい)」
レイヴンはこれまでの修行の成果を試すようにいきなり全開で動く。
ムガンベに向かって直進して拳を付きだした。
老人は横から力を加えて受け流す。
その後も余裕を持ってレイヴンの攻撃を躱して当てさせない。
「おひょっ。早い早い。早いが体が制御できとらんのぉ」
ムガンペは躱し際に蹴りを放って距離をとった。
今のレイヴンの状況は力を持て余したムルジャと同じだ。
リリとの修行でこれまで以上の力を手に入れた。
とはいえ、の力に振り回されて動きが最適化できていない。
「(確かに今までの自分の感覚との違いに戸惑いはある。やりずらさはそれだけじゃない)」
300年以上生きてきたムガンベは長時間100%の力を発揮できない。スタミナ不足を補うための緩急が、レイヴンを困惑させていた。
若い頃の彼は獣人らしく全身バネのような肉体を使って駆けまわり、自分たちを差別する人間たちと戦っていた。それが銃火器の発展と共に辺境に追いやられ、レイダーが誕生すると、数で劣る人間に対してもはや手も足も出なくなった。1対1の戦いならば自信はある。永い時をかけて己を鍛えてきた。だが、時代はそれを許してくれなかった。
時が流れ、実戦から遠ざかり、繰り返す鍛錬ばかりの日々。
そんな時にレイダーコアをリリから奪った。仮にレイダーと同様の力を得たとしたら、自分はどうするのだろうか?
ムガンベは自分の望みを確認するためだけに食した。昔のように戦いに戻るのか、あるいは自分の闘争心はなくなってしまったのか。
結局、彼の日常は変わらなかった。
今更人間に歯向かっても数の暴力で殺されると思ってしまった。それでも1対1なら負けないはずという最後の意地だけは残っていた。
魔導士と出会い、突如としてレイダーとの戦うことになった。
始めは乗り気ではなかった。
それが徐々に気持ちが高ぶっていくのを実感していた。
種の存続を駆けているわけでもない。
純粋な力比べで。
「楽しいのぉ、若いの」
「(さっきよりどんどん早くなってる……)」
彼は心を高ぶらせ、皺の多い表情に不釣り合いな笑みを浮かべた。
「さて。まだまだお主には本気になってもらわねば困る」
ムガンベは自らの右手に持つようにメタリアルを剣に変形させた。彼がレイダーコアを持ちながらも全身を金属化しなかったのは剣を使うためだった。
レイダーは自らの鎧を尖らせて武器として使用する事は確かにある。それでもメタリアルの剣や槍で戦う事は無い。それでは自らの肉体を守るための金属が足りなくなってしまうからだ。通常弾相手ならまだしも、対レイダーとなれば相手の攻撃が一撃必勝となってしまう。それではリスクが高すぎる。
「ほれほれ、本気で来ないと死んでしまうぞ」
まともに攻撃を受ければレイヴンだって無事ではいられない。
武器化にリスクがある以上卑怯だというつもりは無い。
だが防御するわけにもいかず、斬撃を紙一重で躱し続ける。
訓練とはいえ死と隣り合わせの世界だ。
それだけの緊張感がなければ己を高めることなどできない。
反撃の機会はやってこなかった。
自分の方がスピードは速いはずなのに、あと一歩踏み込めない。
剣の振り終わりを狙っても切り替しが早くて隙が無い。
結局その日の対戦でレイヴンは攻撃を当てることはできなかった。
もちろんムガンベのスタミナが落ちた頃を狙えば当てる事は出来ただろう。
金属化しなかったことを抜かして考えても、実戦で負けるつもりはない。
それでもムガンベの強さは本物だった。
「どう? 強かったでしょ?」
「ああ、おかげで俺はもっと強くなれるかもしれない」
レイヴンはリリに感謝を告げ、代わりにオカズを取られた。




