103話 切っ掛け
リリ・サルバンが来てからレイヴンの修行は大きな進展を見せていた。
風魔法による逆風を利用した修行はレイヴンの肉体を鍛え上げ、水魔法による激しい水流の中での運動はバランス感覚や体幹を強化していく。
肉体が傷ついたとしてもレイヴンには圧倒的な回復力がある。
切り傷程度なら居眠りの間に治ってしまうし、深い傷でも1週間もあれば気づかないほど小さくなる。
もちろんナイトレイダーにスカウトされたように、昔から高い運動能力を持っていたので大きな怪我をすることはなかったが、その回復力はレイヴンの成長の大きな助けとなったことは間違いない。幼い頃から彼の肉体を保護し、人一倍早い速度で成長できたのも、長時間の訓練に耐えられる強固な肉体と共に圧倒的な回復力があったことに他ならない。
そして疲れ切った肉体を栄養抜群のナナの料理が癒してくれる。
レイヴンの修行中にナナとサラは山菜を集めたり、スパイスを作ったりしている。そして修行が一段落する頃を見計らって出来立ての料理を出してくれる。
リリも休憩時間に狩りをしてきて野生の動物をナナに渡していく。勿論処理方法など知らないので全てはナナ任せだ。
ナナの献身的な助けにレイヴンはいつも助けられてきた。常にレイヴンの事を最優先で考える不思議なアンドロイド。その目的は10年以上暮らした現在でも分からないが、肉体的だけでなく精神的にもレイヴンを支えてきた。
そして食事の後の睡眠。夜にはしっかりと睡眠をとることでレイヴンの肉体は飛躍的に向上し、翌朝の修行へと繋がっていくのである。
「リリ、もう少し流れを強くしてくれ」
「しょうがないなー」
そう言いつつもリリはレイヴンの要求に応えてくれる。もっとも、魔法の発動にはイメージ力が必要なだけなので大した手間ではない。
修行はさらに激しくなっていく。
土魔法で地形を変化させ、水の通り道を作る。そして激しい流れに負けないように堪えながら肉体を酷使する。
「リリ、アレを頼む」
「いいわよ……喰らいなさい!」
巨大な水の獣が暴れまわるように激しい流れがレイヴンを襲っていく。そしていつものように無残に流されてしまう。
「くそっ! 今日も駄目か……」
「まあ、昨日よりは頑張ったんじゃない?」
リリは来た当初とは別人のようにノリノリでレイヴンに対して魔法を放つようになっていた。彼女はここ5年間で魔法を使わないように暮らしていたので正直欲求不満だった。
幼い頃から魔法の扱いに長け、軍の中でも最上位の存在となった。にも関わらず、出番がほとんどないまま終戦を迎えた。フレッドたちの意志を継いで元魔導士たちを見守るために闇に潜む。そう決意したはずなのに心は満たすことのできない不満を訴えていた。
それが人里離れた不便な場所とはいえ、思う存分魔法を使える。ナイトレイダー相手なので遠慮はいらないし、むしろどんどん強くしてくれとお願いしてくる。彼女の中で何かが目覚め始めようとしていた。
「夕食の用意ができました」
ナナの言葉に腹ペコ魔導士が反応したことで今日の修行は終了となった。
「それで修行の成果はどうなの、お兄ちゃん?」
「成果はある。自分の肉体が日に日に変化しているのが実感できるんだ」
「その割には不満そうだね?」
サラは普段からレイヴンと会話しているだけあって些細な変化によく気づく。実はナナも気づいてはいるのだが、反応を示すことはない。
「確かに実感はあるが、それで勝てるかどうかは分からない」
1対1の戦いなら負ける事は無いだろう。ムルジャとの戦いでも勝てたのだから。だが守るための強さを求めるなら、もっと強力な力が必要なのではないか。レイヴンがさらなる力を求めても不思議はないだろう。
「やっぱり、対戦相手がいないからじゃないですかね~」
リリが口を頬張らせながら会話に入ってきた。
「私も今回レイヴンさんに付き合う形で魔法を使って改めて理解したんですよ。やっぱり相手がいないとつまらないです!」
「つまらないって……」
「いや、その通りかもしれないな。どんなに修行しても、やはり実戦で試してみないと分からない部分はある」
サラはレイヴンの言葉に納得した表情を見せ、何かを閃いたように顔をあげた。
「じゃあさ、お兄ちゃんとリリさんが戦えばいいじゃない? それにどうせこの後も付いてくるんでしょ? だったら一緒に戦ってもらえばいいじゃん」
リリは全身で大きな×を作って拒否した。
「あり得ません! その場の流れでレイダーと戦う事はあっても、戦争に参加しようものならあっという間に殺されちゃいます!」
「そうなの?」
「魔導士はレイダーと違って普通の人間なんだから、銃やナイフで簡単に死ぬんです。レイダーみたいに毒への耐性なんてないし……。それに寝ている時に襲われたらそれだけでお終いですよ! 四六時中周囲を警戒して……なんてしてたら生きた心地がしません」
レイダーは金属部分が毒を吸収してくれるので、毒で死ぬ心配はほぼない。
「まあ、彼女が戦う理由はないだろ。サラ、無理をいってやるな」
「そうだね、ゴメンね」
「でも戦う相手ってことなら心当たりがあるわ。確かこの近くに住んでいたと思うんだけど……」
「そいつは強いのか?」
例えレイダーだとしても、生半可な相手じゃ修行にならない。レイヴンは期待せずに答えを待った。
「ええ、強いわよ。獣人なんだけど私が持ってたレイダーコアを奪って食べちゃうくらいだし、あのおじいちゃん」
そのレイダーコアは嘗てフレッドが倒したレイダーを報告する際に、数を誤魔化して報告してちょろまかして持っていたレイダーコアを譲られたものだった。
「老人がレイダーコアをそのまま食って生き残ったのか? 」
「まあ、色々おかしな人だから……それより会いに行く?」
リリ・サルバンがおかしいと言うのだから案外まともな人物かもしれない。レイヴンとサラは心の中で失礼な事を考えた。いずれにしても強いのなら会わない手はない。レイヴンは成長の成果を試す機会を求めて再び旅立つことを決意した。




