102話 予期せぬ訪問客
修行のために山に向かったレイヴンの元には2人の女性の姿があった。ナナは当然のように付いて行き、サラは再びGAからの呼び出しを受けないために敢えて人里離れた不便な場所にいることを選んだ。
レイヴンは金属化していない素の体のままでの修行を行っている。鎧部分は鍛えることはできないので、中身で勝負するしかない。レイダーになってから18年以上経ち、正直やりつくした感はある。それでも何とかしなければとの思いから体をいじめ続ける。
「くそっ! こんなんじゃ全然駄目だ」
結局、この日も自身を納得させるような成果は得られずに時間だけが過ぎてしまった。辺りが暗くなるとレイヴンは山を下り、車を止めてある麓に戻っていく。
「その表情じゃ今日も駄目だったみたいね」
「ああ、そうだな」
サラの遠慮のない言葉に反発するでもなく肯定した。
「今までと同じ事をやってても駄目なんだ。上手く説明できないけど感覚的なものというか……」
「ふーん、そっかぁ」
サラは暗い雰囲気にならないように気遣いながら返事した。そこに突然空から風が吹き付けてきた。
「ちょっと探しましたよっ! まったく、なんでこんな所にいるんですか!!」
「お、お前はっ……!?」
空から降ってきたのは魔導士の生き残りであるリリ・サルバンだった。
「あなた、確か……トリュートの食堂で会った人?」
リリはサラの問いを無視して料理に目が釘付けになっていた。
「ふ、不公平です! 私がひもじい思いをしているのに、こんな山の中で暖かくて美味しそうなご飯を食べてるだなんて!」
彼女は人前で魔法を使わないようにしているので1兵士としての稼ぎしかない。さらに浪費が激しいのですぐに食費が底をついていた。ヒューマロンドの仲間に頼ろうとも呆れられて助けてくれない。そんな訳で軍を離脱し、魔法のことを知るレイヴンに会いに来たのだが、既に修行の旅に出かけており、ジルに行先を聞いてここまでやってきたのである。そして現在、香ばしい香りを嗅いでリリはお腹をグルグル鳴らせていた。
「なんだ、腹が減ってるのか?」
「食べたいです!」
リリは過程をすっとばして要求を伝えた。
「作ったのはナナだ。食いたきゃナナに聞け」
「あなたはレイヴンさんのお母様ですね――」
先日会った時とは180度態度を変えて、姿勢を正した。
お母様……その言葉を聞いたナナは嬉しさのあまり次の言葉を待たずにご飯をよそっていった。そしてガツガツと食べ始めるリリ。レイヴンとサラは仕方がないとばかりにため息をついて食事が終わるのを待った。リリが「おいひいです」と言って、何度もおかわりしたせいで話を聞くのはしばらく待つことになった。
「ごちそうさまでした」
「それで何の用だったんだ? 俺たちを探していたんだろ?」
「はい、ご飯をご馳走になろうと思ってきました。なので用なら終わりました」
「…………」
レイヴンはサラと思わず目を見合わせた。
こいつは一体何なんだ。
2人は呆れ戸惑っていた。
「……そうか。ならもう会う事もないだろう。元気でな」
強引に話を終わらせて別れようとしたレイヴンに、リリは待ったをかける。
「いえいえ、私、ナナさんの料理に感銘を受けました。なので多少の事には目を瞑って、しばらくお世話になろうかと……」
先日はレイヴンのことをマザコンだと思って去っていったのに、手のひらを返してきた。よっぽど切羽詰まっているのだろう。
「(こいつは何を言ってるんだ?)」
レイヴンはそう考えたが悪い話ではないと思い直した。
リリが特訓に協力してくれるならばの話だが、彼女が使える魔法によって負荷をかければ鍛え直せる。そんな希望が湧いてきていた。
「いいだろう。その代わりに俺の特訓に付き合ってくれ」
リリは頷いて手を差し出した。
ただし、レイヴンにではなく料理を作ったナナに。
ナナがレイヴンの意図を感じ取って握手した。
「では交渉成立ということで。よろしくお願いします、ナナさん! それでどこで眠ればいいですか? あっ、車の荷台ですか? 私、寝るのはどこでも大丈夫なんです。それじゃあ今日は疲れているのでお先に失礼しますね。おやすみなさい」
リリは呆気にとられる2人の前を素通りして荷台に入っていった。
「な、なんかすごい人だけど良かったね、お兄ちゃん」
「ああ、これでなんとかなるかもしれない」
ようやく希望が見つかった。だが荷台に4人は狭すぎる。レイヴンは仕方なく座席に横になって一夜を過ごした。




