100話 強くなれ
レイヴンとムルジャの戦いを見ていた人物がいる。
彼は遠く離れた場所から様子を窺っていて、そのまま報告に戻るつもりだった。
ところが、レイヴンのふがいなさを見て一言いわずにいられなかった。
彼はレイヴンからナイトレイダーが離れたタイミングで近寄っていった。
「後輩相手にその程度とは随分ふぬけたもんだな、レイヴン」
「トト?!」
サラは思わずレイヴンの後ろに隠れた。
レイヴンも守るように一歩前に出る。
「そう緊張するなよ、取って食おうってわけじゃない」
その言葉を聞いてもレイヴンは警戒しつつ周囲の反応を確認。
今の所、引き返してきて取り囲むような動きは無い。
レイヴンの一連の動きを見て、トトは思い出したように話しだした。
「ああ、そういうことか。俺はあの日の事は誰にも話していない。だから堂々としていればいい」
「…………」
つまりは5年前、グローリアが燃えた日にアッシュたちを殺害したの犯人はレイヴンだと認識されていないという情報だ。それを平然と話すトト。
もっともレイヴンが気にしているのはそんなことではない。今すぐにでもトトが襲って来ないだろうかと警戒しているのだ。気が狂ったかのように嗜虐性を見せていたのに、今は別人のように落ち着き払っている。
あの時、トトは急に苦しみだした。普通に話せていたのに、それ以降は人が変わってしまった。はっきりとした原因は分からないが、変化についての仮説はある。何度もサラと話し合って出した予想、それは……レイダーコアは肉体に影響を与えるのと同様に精神にも働きかけているのではないか、ということだ。
元々手術で埋め込まれるレイダーコアはメタリア人の肉体と同じような見た目、質をしている。素直に見れば彼らの細胞を取り入れているとも考えられる。それならば細胞の残滓が肉体や精神に影響を与えていると考えるのが自然かもしれない。
機械に投入した金属が何らかの処理をされてコアとなるのだが、なにしろその過程が全く知る事が出来ない。原因がそこにあると考えるべきだろう。そうでなければ、元の金属を肉体に埋め込んでいるだけなのだから。
「(トトに伝えるか?)」
それはレイヴンが縋りつきたい希望だった。
別の人格に肉体を支配されている可能性を告げる。
そんなことをしても意味など無いのに。
既に立場を、国を分かれて暮らしている。
元の関係に戻ることはない。
それは自分でも納得していたはずだ。
何かを守るためには何かを捨てなければならない。
そして大切なものを理解し守るべきものはっきり認識している。
だが今のレイヴンに守りきる力はない、
これまでのレイヴンだったら圧倒的な実力差をもってして、自らの望むような結果にたどり着いたかもしれない。しかし先程の戦いでは後輩に追い詰められ、それを見て憤るライバルがここにいる。
相手を低く見積もることなんて、今のレイヴンにできるはずがない。先程トトが近寄ってきた時の速さは以前の比ではない。翻って自分は5年前からどれだけ成長できただろうか。鍛錬は継続していたものの、ハーフレイダーと模擬戦を繰り返すばかりだった。
そして遥か格下だった後輩相手にも追い込まれる始末。トトの自信に満ちた言葉だけではなく、自身の肉体が危険を知らせてくる。苦労して勝利したムルジャよりも強いことを。
ならばどう戦うか。いや、この場をどう切り抜けるのか。レイヴンの意識はそこに向かっていた。
「トト……また俺と戦いに来たのか?」
「ん? ははっ、何言ってるんだよ。戦うはずないだろ。今のレイヴンにその価値はないよ」
「それじゃあ、何しに来たんだ?」
「……まあ、それはいいじゃねえか。それより俺はレイヴンに期待しているんだよ」
その期待を裏切るなよ。
トトはそんな思いを乗せてレイヴンを見つめていた。
「また戦おうぜ。せっかく立場が別れたんだ」
「(誰のせいで……)」
「でも今のお前じゃ駄目だ。もっとだ。もっと強くなれ。俺は更なる力を手に入れるぞ」
「…………」
戦いは純粋な強さだけで勝敗が決まるものではない。相性やコンディションだったり、環境が影響を与える事もある。戦ってもいないのに諦めることではない。だが覆す事が出来ない程の実力差があったら?ついネガティブに考えてしまう。
「これから少しばかり忙しくなる。それが終わったらまたやりあおうぜ」
まもなく不戦条約締結から5年が経過する。GAと西側の開戦は間違いない。これから起こるであろう戦争、トトはそれをまるでちょっと遊んでくるかのように軽く話す。
「(それだけ自信があるってことか)」
「だからそれまでの間に強くなっておけよ。でないと……」
トトはレイヴンの後ろに隠れているサラをじろりと見た。
サラを守るために強くなれ。
でなければ今度こそ殺す。
言葉はなくとも、トトの真意は理解した。
「じゃあな」
トトが去り、レイヴンは不安気な表情で遠くを見つめていた。
サラはレイヴンのそんな顔を見たことがなかった。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。俺が守るさ……」
レイヴンはサラの頭を優しくなでた。
動揺を隠すように微笑みながら。




