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46.報告

「まずどこから話すべきか」


 頭を整理するかのように目線を少し彷徨わせた玉祥に、珠蘭は一番心配している事を聞くことにした。


「先に、徳妃の状況を教えてください。無事でしょうか?」

「あぁ、問題ない。徳妃も腹の中の子も無事だ。見舞いに行ってやれ、というほどの状態でもすでにないな。また茶会でも開くといい」

「では、体調は戻ったのですね? 後遺症は出ていませんか?」

「出ていない。そもそも毒を飲んだのは事実だが、子を流すための毒で、それを少量だからな。体への影響は少ない。まったく、飲むなと言ったのに……」

「え?」


 飲むなと言ったのに? ということは、徳妃は毒だと知っていて口を付けたということだろうか。妊娠しているというのに? 玉祥は「あ」というような顔をしたが、もう聞いてしまった。聞いたなら追及せずにはいられない。


「陛下、それはどういうことでしょう。もしや自作自演ということですか?」

「いや、そうとも言い切れない。徳妃が毒を盛られ続けていたのは事実だ。それから皇后も毒を盛られていることは聞いているぞ。なぜ言わない?」


 ジトッと睨まれ、珠蘭は目を逸らした。バレてた。報告されているとすれば、犯人は一人しかいない。振り返って玉祥と同じような目でジトッと雲英を見ると、「当然です」と言わんばかりの顔をしている。文句を言いたいが、言ったところで雲英には敵わなさそうだ。


「陛下を煩わせたくなかったのですよ」

「言われないほうが心配なのがわからないのか? まぁその話は後にしよう。とにかく、徳妃は毒を盛られていて、当然ながら気がついていた」


 徳妃は妊娠がわからないように気をつけていた。それでも目立ってきたお腹は隠し切れるものではなかったのだろう。毒が盛られ始めたのは二月も前だという。徳妃に毒の効果が現れていないのを見るたびに、手を変え品を変え、毒は送られ続けたらしい。


「毒を送っていたのは昭媛だ」

「え?」

「意外だったか?」


 それには気が付いていなかった。なぜなら、珠蘭に送られてくる毒は昭媛からではなかったからだ。昭媛からだと分かっていたら処罰を下すこともできたのに、皇后として駄目すぎる。


「申し訳ございません」

「気にするな。こちらも気がつかれないように動いていたからな」

「どういうことですか?」

「昭媛が犯人であることはかなり早い段階で分かっていたが、あえて泳がせていた。昭媛だけであれだけ毒を盛れるはずがないからな。必ず後ろ盾になる者がいるはずだ。皇后はそれが誰だかわかっているだろう?」


 珠蘭は玉祥を見上げた。玉祥は珠蘭が知っていることを確信している目をしていた。そしてそれは、少し切なさを滲ませつつ、迷いのない瞳だった。


 後宮の中で高位である九嬪の昭媛を動かせる人物。それでいて自分に火の粉が降り注がないように対処できる人物。

 そして、珠蘭に毒を送っている人。


「皇太后さまですね」

「そうだ」


(あぁ、そうか)


 珠蘭は目を閉じて、静かに息を吐いた。

 それですべてが分かった。


 玉祥は、母を断罪したのだ。




「母上の罪は多岐にわたる」


 玉祥は感情を殺した声で静かに話し始めた。


 まず、兄皇子二人が亡くなった件。表向きは病死とされているが、玉祥を皇帝の座につけるため、どちらも皇太后の手にかかったものであった。

 ただその当時は混乱の中だったし、今でもなお続く余家と李家の争いの中でのことだった。皇太后一人の罪とも言い難く、また、皇太后が動かなければ玉祥が害されていた可能性がないともいえない。


「全ては把握していないが、母上は当時後宮でも妃嬪たちにいろいろ手を出していたようだ」


 流産、死産、身ごもった妃嬪が亡くなる、そういったことが頻発していたという。

 李皇太后は当時、貴妃の位についていた。皇后を除く妃嬪の最高位であった。皇子の母でもあった彼女に逆らえる女性はほとんどおらず、当時皇后であった今の余皇太后がいなければ、生まれた子は半数だっただろうとも言われている。夭折した子供たちのうち、どこまでが本当に病死であったのかわからない。ただし、病死でないすべてが皇太后の手によるものとも限らない。


「兄皇子の件と当時の妃嬪たちの件は蒸し返して調べるつもりはない。今それをやるには時間がないし、母上の所業が余にとって不利になることは分かりきっているからな。調べるとすれば、いずれ、余の治世がゆるぎないものになってからだ」


 被害者には申し訳ないが、と玉祥は付け加えた。珠蘭でさえその話を聞いて、やるせない気持ちがある。玉祥はもっとだろう。


 それから珠蘭が死にかけた時の毒を盛ったのも皇太后だ。

 おかげで下女の葉が珠蘭となるきっかけとなった。一年と少し前の話だ。


「あの時も母上だろうというのは分かっていたが、母上は後宮の外にも影響力を持っているからな。ある程度把握はしていたのだが、母上を廃すると余の支持基盤が揺れる。まだ母上を廃するだけの力がなかった。すまない」

「いいえ、当然の判断だと思います」


 玉祥が玉座につくのを後押ししたのは李家だ。李家の力でもって玉座に着いた玉祥は、李家をぞんざいに扱えない。同時に、皇太后となった母もぞんざいに扱えなかった。

 朝廷が揺れれば国が揺れる。そうなれば一番被害を受けるのは民だ。一部で汚職が盛んになっていたとしても、まずは朝廷を安定させることが必要だった。

 李家や母が裏で何かをしていたとしても、ある程度は見過ごすしかなかったのだ。


 珠蘭もそれは理解している。だから毒を盛られようが、何を言われようが、皇太后には逆らわないようにしてきた。徳妃の毒も、皇太后なのではという疑惑は持っていた。だけど、皇太后を罰することはできない。だから徳妃にも充分気を付けるように言うに留めたのだ。


 もっと言うなら、下女仲間だった丹が処分された件だって、皇太后の差し金だ。できることならば徹底的にやり合いたかった。それでも沈黙しているのは、皇太后は玉祥の母であり、必要な存在だったからだ。


「では、どうして?」


 今、皇太后を廃するつもりなのだろう。まだ皇太后の権力が必要なのではないだろうか。


 そう尋ねると、玉祥はまっすぐに珠蘭を見た。


「お前に手出しされたからだ」


 珠蘭は目を見開いた。

 玉祥の言葉を反芻する。それは、珠蘭の方が大事だといっているように聞こえた。


「李婕妤が皇后を襲わせた件。調べてみれば、あれも母上は裏で糸を引いていた。それから最近の毒だ。最近お前が皇后らしく後宮を仕切るようになったことに焦りを覚えたのだろう」


 この国には孝という考えがある。子は親を敬い、大切にするものだという考えだ。この国で一番の身分である皇帝であっても、母は大切にすべき存在。だから皇帝も皇后も、皇太后を敬い、皇太后には頭を下げる。


 それでも身分は皇帝が上だ。そして後宮においても、身分という話であれば皇太后よりも皇后が上だ。後宮において実権を握るのは皇后であって、皇太后ではない。


「余の正室であり後宮の主である皇后を害そうとしたこと、それから余の子まで亡き者にしようとしたこと。たとえ母であれ、これ以上は見過ごせぬ」



 それから玉祥は徳妃の協力を得て、計画を始めたらしい。


「母上はいつも、最終的に自分の手は汚さない。上手く周りを使って、もし露見しそうなときは切り捨てる」

「それが今回は昭媛だったのですね?」

「そうだ。生誕祝いの時に昭媛がしでかしたことに対し、母上は呆れつつも使えると思ったらしい。昭媛の謹慎期間が明ける前から間者を通してやり取りしていたようだ」


 簡単に唆された昭媛は徳妃に毒を届け、見返りとして皇太后が玉祥に昭媛のところへ行くように勧めた。玉祥は何度か断った上で、「そこまで母上が言うならば一度だけ伺いましょう」と昭媛のところへ渡ったという。


「それから何度か訪れて、余が昭媛を許したように見せた。寵姫だと言われるとは思わなかったが、それも都合が良かったので放置した。お前が信じるとは思わなかったけどな」


 ジロッと睨まれる。どうやら相当気に障ったらしい。


「もしそう思っているなら不快だから一応言っておくが、昭媛の宮を訪れていたのは内情を探るためであって、一度も昭媛に触れてはいないからな」

「そうなのですか?」


 きょとんと返してしまったが、それは失敗だったらしい。眉間の皺がぐぐぐっと深まってしまった。


「そうなのですか、じゃない! 俺が、あれに、触るわけないだろ! 指一本触れるつもりなんてなかった。あれが俺の上着を脱がせようとしてきて一瞬肌に触れた時は全身に鳥肌が立ったさ。怖くて茶さえ飲めん。あの宮の甘ったるい香りといい、あの目線にあの話し方……」


 まるで女のように玉祥は自分で自分の体を抱きしめ、ブルリと震わせた。そこまで嫌か。

 ともあれ、珠蘭が想像するようなことはなかったわけだ。安心して、口が緩んだ。


「昭媛は良い身体つきをしていましたから、もしや、と思ったのです。陛下だって男の人ですし、色気にやられたのかなって、その……」

「おいまて変な想像するな。気持ち悪い」


 昭媛に味方する気は全くないが、そこまで言われると少し哀れになってきた。言動に問題はあれど、一応皇帝を振り向かせようという努力は感じられたのに。毒を盛った時点で完全に駄目だが。

 玉祥の後ろで全忠がコホンと咳払いをする。


「陛下、脱線してますよ」

「すまない。とにかく昭媛とは何もない。そこから皇太后に通じている証拠を出させ、徳妃に毒を受けたように倒れてもらった」


 皇后とのお茶会の後に倒れたのもわざとだそうだ。昭媛を寵愛しているという噂が出ていたので、皇后への寵愛はなくなった、毒を盛ったのは皇后らしい、そんな噂もわざと立たせた。昭媛を油断させるためだ。


「ひとつ誤算があったぞ」

「誤算ですか?」

「噂が一気に広がったところまでは良かったが、そこから発展することなくすぐに下火になってしまったんだ」


 多くの場合、噂は尾ひれはひれがついて誇張され、どんどんひどくなっていく。


「なんでも、宮女や下女が『それはない』と鼻で笑って取り合わなかったらしい。むしろ寵愛が移ったという点については、皇帝は見る目がないと言われたさ。皇后は人気者だな」


 玉祥は笑って言った。

 皇后さまが毒を盛るなどありえない、皇后さまは大丈夫か、そんな声が多かったという。噂は下女や宮女を介して広まっていく。その下女や宮女はいつの間にか皇后の味方についたらしい。


 珠蘭にはわからなかった。たしかに炭や食料を渡したり制度を変えてみたり、いろいろやってはいるけれど、下女や宮女の前では高飛車でわがままな皇后としてふるまっていたつもりだった。


「下女たちが?」

「そうだな。悪い噂が消える前に尻尾をつかめたから良かったものの、少し危なかった」


 素直に嬉しかった。下女たちが珠蘭を信じてくれていたことが。


 皇太后と昭媛は、今はそれぞれの宮に幽閉されているという。あとはこの二人の処遇を決めれば、一旦収まることになるだろう。



「だいたい説明は終わったが、何か聞きたいことはあるか?」


 ある。そりゃ、あるに決まっている。

 話を聞きながら、珠蘭はふつふつと怒りを感じていた。


「どうして徳妃に毒を飲ませたのですか?」

「飲ませたわけじゃない。ふりでいいと言ったのだが、徳妃は口に含んでしまった。それには余も焦った」

「そこではありません。なぜ毒に倒れる役を徳妃にしたのですか。徳妃は陛下の子を身ごもっているのですよ。万が一があったらどうするのですか。わたくしがやるべきことだったのではありませんか?」


 何も知らされないまま宮に閉じ込められ、何もできないまま全てが終わっていた。皇后は珠蘭なのに、後宮の主であるはずなのに。


「今回は皇后の預かり知らないところとしたかったのだ。貴妃も同じだ。何も関わっていないことを示すために、徳妃が倒れてからは外部と接触しないように宮に留まっている。それに、母上の件はこの国の李派と余派の争いの一つでもある。黄国の公主であるお前とは関わりがない」


 要するに、珠蘭は黙ってろ、ということか。蚊帳の外なのか。

 珠蘭はキッと皇帝を睨んだ。いきなり睨まれた玉祥はちょっとたじろいている。


「陛下は間違っていらっしゃいます」

「なに?」

「わたくしは黄国の公主でした。それは間違いありません。ですが、今はこの国の皇后であり、この後宮の主です。後宮内の問題についてはわたくしが解決すべきことであり、わたくしに権限があるはずではありませんか?」

「それはそうだが」

「未熟なのは承知していますが、それでも皇后らしくあれるように努力してきたつもりでした。陛下はわたくしを後宮の主だと認めて下さっていないのですか? 今でもわたくしが黄国の公主であって、この国の人間ではないと?」


 悔しかった。

 珠蘭はもう黄国の公主ではない。下女でもない。この国の皇后だ。それなのに、今回の件は「おまえには関係ない」と言われたも同然なのだ。


 珠蘭は自分が蔑ろにされるのには慣れている。下女だった頃は蔑ろにされないほうが珍しかったからだ。でも、皇后という職種を蔑ろにされるのは許容できない。


 怒りを露わにする珠蘭を見たのは初めてだったかもしれない。玉祥は驚いて声も出ない様子だった。


「陛下、今後後宮に関することは、わたくしにお話しください。今回はわたくしの不徳と致すところ、陛下にお手数おかけして申し訳ございませんでした」


 頭を下げれば、玉祥はふわっと笑って「すまなかった」と詫びた。

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