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28.誘拐1

 気が付くと、珠蘭は薄暗い部屋にいた。

 頭がなんだかぼんやりとしている。


(ここ、どこ? えっと、どうしたんだっけ)


 見回すと、見覚えのない部屋。広くはないが、狭くもなく、卓子の他に少しの家具がある。どこかの宿だろうか。そうだとすれば、おそらく庶民向けなのだろう。皇后が泊まるような格ではないが、下女小屋よりはしっかりした部屋で、清潔に保たれているようだ。


 窓がある。部屋が薄暗いのは、そこに薄手の布が掛けられているからのようだ。光の加減からすると、まだ日は落ちていないらしい。


 口元に違和感を感じ、それに触れようと手を動かそうとして、動かないことに気がついた。足も動かない。


(あれ、なんでだろう)


 首を傾げながら足を見れば、縄で結ばれている。

 それを見た瞬間に、ぼんやりしていた頭がパッと覚醒した。


(そうだ。男が入ってきて、口を塞がれて!)


 やっぱり手も動かない。後ろに回された手の感触からして、こちらも縄で縛られているのだろう。口には声が出せないように猿轡(さるぐつわ)を嵌められているようだ。


 改めて状況を見ると、ここは簡素な寝台の上。珠蘭は身動きのできない状況で、転がされている。


(攫われたんだよね? どうして?)


 珠蘭を人質にして金品を要求するつもりだろうか。それとも身に着けているものを奪って、珠蘭をここに放置したのだろうか。

 身なりを見ると、上掛けは外されているもののほとんど変わっていなかった。装飾品もまだ腰についているものがある。


 これから取りにくるのだろうか。それとも、取れそうなものは取って逃げたのだろうか。

 後者だと期待したいが、これだけ装飾品がまだ残っているということは、残念ながらそれが目当てでない可能性の方が高い。


(どうしよう。逃げなきゃ。淑妃は?)


 もう一度見回しても、誰もいない。淑妃も男に担がれているのを見た。別の場所に連れ去られたのだろうか。


 ギッと扉が開く音がした。

 足元の方角から人の入ってくる気配がして、身体を強張らせる。


「どうだ、起きてるか?」

「あぁ、お目覚めのようだ」


 横たわる珠蘭の前に三人の男がやってきた。身なりからすると、ごろつきか、奴婢か。二人はがたいがよく、そのうち一人は下劣な笑みを浮かべ、もう一人は腕を組んで無表情。残りの一人は細身だ。


「なかなかの美人じゃないか。俺が直々にお相手してやろうか」

「おい、やめておけ。さっさと済ませていくぞ」


 口を開かない細身の男が無表情の男に背中を押され、つんのめりながら珠蘭のすぐ横まで来た。


「お前の出番だぞ」


 無表情の男は興味がないように卓子横の椅子にドカッと腰かける。

 もう一人が変わらず下劣な笑みを浮かべながら近寄って来て、珠蘭の頬を撫でた。ごつごつした手が肌に痛い。


「綺麗な肌してやがる。お前が羨ましいなぁ? せいぜい楽しむといいさ」


 ニヤリと細身の男を見やる。細身の男は嫌そうに表情を歪めた。

 男は珠蘭の顔を覗き込むと、いやらしい笑顔を見せた。顔が近くて悪寒が走る。


「安心しな、ご夫人。命まで取りゃしないさ。ちょーっとばかし我慢してりゃ、すぐ終わる」


 何が終わると言うのだろう。想像はついてしまうけれど、考えたくない。


「おい、あまり時間はかけるなよ」


 背中を思いっきり押された細身の男が寝台に乗り上がり、倒れ込んでくる。珠蘭は衝撃に備えて目を閉じたが、細身の男は潰さないように避けたようだ。おそるおそる目を開けると、珠蘭を寝台に留め置くように頭の脇を両手で覆った男の姿が見えた。


 男の体重が掛かる。怖くて、声も出ない。


(やめて、助けて!)



 〇〇〇



 皇帝は視察を終え、屋敷へ戻る馬車に乗っていた。

 長い距離ではないが、徒歩では遠すぎる。皇帝自ら歩いて行くわけにもいかず、なおかつ同じ馬車に李県吏も乗っているので、横たわるわけにもいかない。


 早くついてくれ、と思いながら、揺れる馬車の中で県吏と視察状況について話していた。

 だいぶ屋敷に近づいた頃、騎乗した馬がこちらに向かって掛けてくるのが見え、馬車が急に止まった。「何事だ?」と同乗している県吏が問うと、伝達係らしい兵が馬から下りた。


「陛下へ急ぎ伝達がございます」

「何だ?」


 皇帝が窓から顔を見せ、問う。

 そのまま言うべきか迷う姿勢を見せたので、皇帝は馬車から降りて伝達係と対峙した。伝達係がそのまま告げると声が大きくなるため、周りに聞こえる。都合が悪いと判断したのだろう。


「何があった?」

「皇后さまと淑妃さまが囚われた模様です」

「どういうことだ? 説明せよ」

「皇后さまと淑妃さまはお昼ごろ、街へお出かけになったそうです。街を歩かれた後、茶廊で休憩なされていたところを窓から侵入した賊に囚われたと」


 皇帝の顔色が険しくなる。


「二人は無事か?」

「淑妃さまは自力で脱出され、無事保護されております。移動する手筈を整えておりましたから、屋敷についたころかと思われます。ですが、皇后さまがまだ囚われております」

「なんだと? 護衛はいたのであろう? 何をしていた」

「二階だったため、扉方向を守っていたそうです。まさか窓から侵入するとは思わなかったようで」


 自力で逃げた淑妃が場所を知らせ、今、李家の兵が救出に向かったとのこと。


「賊の数は?」

「お二方を攫ったのは二人。囚われている場所にどの程度いるかはわかっておりません」

「そなた、場所は分かるか?」

「はい」

「なら、行くぞ。馬を」


 伝達係が驚いた表情で皇帝を見上げた。話を聞いていた県吏も驚いている。


「陛下自ら向かわれるのですか?」

「そうだ」

「一度屋敷に戻って詳しい状況を聞いてからの方がよろしいのでは?」

「その間に皇后に何かあったらどうする」


 行く姿勢を崩さない皇帝に、護衛が声を上げた。


「陛下、危険です。兵が向かっているそうですから、屋敷でお待ちください」

「皇后は余の妻だ。妻が囚われているというのに、なぜ屋敷で待っていられるのだ」

「淑妃さまは屋敷におられるのでしょう?」

「取り急ぎ無事なのであろう? ならば皇后の元へ行くべきだろう」


 状況が分からない中に皇帝自らが突っ込むのを良しとしない理由はわかる。皇帝が倒れれば国が揺らぎかねない。そのことは皇帝自身もよくわかっているから、苛立ったとしても護衛を責めるつもりはない。


 それでも、行かないという選択肢はなかった。


「皇后を救出しに行く。何を言われようが、その意志は変わらぬ。県吏らの護衛を残し、戦えるものは余に続け」


 馬が用意された。騎乗していた一人が降り、皇帝に譲ったらしい。

 皇帝はすぐさま馬に飛び乗り、伝達係に命じた。


「案内せよ」

「はっ」


 伝達係を先頭に、皇帝の周りを護衛が囲むようにして走り出す。


 無事でいてくれ。

 皇帝は必死にはやる気持ちを抑え、馬を走らせた。

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