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21.勉強

「ご存じだったのですね」

「先に言っておくが、それを理由に皇后を廃そうなどとは考えていない。言いたくないのならば、言わずともよい」


 皇帝は目を逸らす。

 珠蘭はクスッと笑った。


「陛下は本当に優しいですね。これでは後宮の女たちが皆なびいてしまいます。あ、後宮ですから、むしろそうあるべきか……」

「なびくのは皇帝という地位にだろ。それがなければ誰も余になど興味をもたないさ」

「そんなことないと思いますよ」

「皆、そう言う」


(これは、少し拗ねているのだろうか、それとも?)


 ツンとした表情の中に少しの寂しさを感じさせる目をしていた。皇后という地位もいろいろあるけれど、それ以上に皇帝という地位はいろいろあるんだろう。


「下女の頃の話など、陛下がおもしろいことはありませんよ。それでもよければ、何でも聞いてください」

「何でも、か。そう言われると、こちらから言っておいて何だが、何を聞いたらいいのかわからん」

「じゃあ、下女だったわたくし、葉が死んだ日のことを話しましょうか」

「なんでいきなり死んだ日なんだ?」

「じゃあ前日にします」

「……」


 珠蘭は呑気に、朝起きて、洗濯して、干している間に追加がきて、洗って、干して、食事を取って、食事の内容は……と話し始めた。


「ちなみにその前日は、朝起きて、洗濯して……」


 ほぼ同じ内容だった。違ったのは夕食に出たおかずくらいだ。

 俺は何を聞かされているんだ? と皇帝が思ったかどうか。彼はただ静かに聞いていた。


「で、暗くなったので寝ました。その前日の話もします?」

「……いや、いい。だいたい毎日そんな感じだったのか?」

「そうですね。仕事内容は日によって変わることもありましたけど、だいたい。あと、雨が降ると大変ですね。乾きませんから」

「そうか、そうだよな」


 皇帝が感心したのは、というか初めて気がついたのは、雨が降れば洗濯物が乾かない、という点である。至極当たり前の話だが、なにしろ皇帝陛下だ。小さい時から洗濯などというものをしたことがない。ちょっと考えればわかることだが、ちょっと考えるということも思いつかない程度には洗濯のことなど頭になかった。


「すみません、おもしろくないですよね」

「いや、そうでもない」

「そうですか? それなら続けますね?」

「いや、それは、今日はいい」


 実際に皇帝は自分のいる世界とは違う立場の話を興味深く思っていた。ただ、珠蘭の話し方については、うん。毎朝側仕えから一日の予定を聞かされるのと同じようだとは思った。



 皇帝はこの日もわりと機嫌よく自分の宮に戻り、全忠に一杯だけ酒をもらった。


「皇后さまとどんな話をされたのですか?」

「洗濯の話をした」

「洗濯?」

「洗濯。雨が降ると乾かないそうだ」

「……そりゃ、そうでしょうね」

「お前、知ってたのか?」

「陛下、知らなかったんですか」

「……」



 〇〇〇


 その日から皇帝はたびたび長明宮を訪うようになった。宮に来てはお茶を飲み、ゆったりと下女時代の話をしたり、麦ちゃんを撫でまわしたり。皇帝にとってひとときの安らぎのような気がしないでもない時間であり、珠蘭は意外と楽しいかもしれないと感じたような気がしないでもない時間だった。


 そんな、のどかな訪れは、割と早く、あっけなく終わった。

 会話をしている中で、珠蘭の教育不足がバレたのである。


 雲英に皇后教育の進捗を聞くなり、思った以上に珠蘭がいろいろと教育がなっていないことに頭を抱え、皇帝は自ら本を持ち込み教えるようになった。


「ぐぬぬ、陛下、わたくしすっかり騙されておりました」

「何に?」

「陛下は優しいと思っていたのに、こんな、ひどい」


 珠蘭は机の前で頭を抱える。

 その前には大量の書類。


「こんなに覚えられません」

「このくらいならいけるだろ。っていうかお前、なんでそのくらいのことができていないんだ?」

「うっ」


 たしかにひどかった。とてもひどかった。

 下女だった葉は仕方がないかもしれない。だが、珠蘭は公主で、皇后になった。国は違えど後宮という場所で育ったというところは皇帝と同じ。厳しく教育されてきた皇帝は、珠蘭も当然同じだろうと思っていた。


 残念ながら実際のところ、珠蘭は黄国の後宮で甘やかされて育っていた。輿入れしてからものらりくらりとかわし続けて雲英に頭を抱えさせていたつけが、今ガツンと回ってきている。


「陛下が厳しい……」

「余の教育係は雲英だぞ」

「なるほど、ひどく納得いたしました」

「雲英よりは優しいと思うが?」

「皇帝の圧力が掛かるという意味では陛下の方が厳しいです」


 眉間の皺がすごい。

 あの優しい微笑みは皇帝の仮面の一つだったのだな、と珠蘭は理解した。


(とすれば、これも仮面だろうか?)


 ニコリとわざとらしく微笑まれて、ゾクッと背中が泡立った。


「皇帝自ら指導するなんて、余は優しいな?」

「ハイ、優しいデス」

「じゃあ、次来るときまでに覚えておけよ。見送りはいいから、今から読め」


 上機嫌で出ていく皇帝の背中を、珠蘭は見つからないようにイーッと睨んだ。

二人とも、少しずつ素が出てきました。

次は淑妃のターンです。

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